破壊の王と暗黒の傭兵(中編) ドレイクルーガーが白皇鬼と戦闘を繰り広げるよりも早く、警報を受けて緊急発 進したブレイバーズの勇者達は、市街地を破壊する三機の破壊者と対峙していた。 「そこまでだ。むやみやたらと破壊しまくりやがって」 セイバーショットを構え、臨戦態勢を取るトライセイバーに搭乗する藤野は、銃 口に意識を置いたまま、初めて目にする敵である三機をそれぞれ視界に収める。 細身の赤い機体と、重厚な見た目の青い機体は、見た目こそ大きく違うものの、 細かなデザインは共通しており、ビーストブラザーズのような兄弟機のような印象 を受ける。 残る一機は、こちらも赤い機体だが、炎を思わせる細身の機体とは違い、この機 体の赤は、血をそのまま塗料に使ったかのような生々しさと禍々しさに彩られてい る。 蜥蜴に似た頭部と、鱗のような起伏を持つ装甲に包まれたその姿は、まさに血塗 られた鋼の恐竜である。 ――この機体、夜天党の連中じゃねえな 『その三機の正体が分かったわよ!』 今までに幾度となく相対してきた敵とは明らかに違う機体の正体を思案する藤野 に応えるように、コクピットに洋子の声が響く。 『十分ほど前、その辺りで転移反応が三つ確認されたの! つまり、その敵は』 「鎧鏖鬼。鏖魔って事ですね」 洋子の言葉を、ファルブレイクに搭乗するシンヤが引き継ぐ。 「チッ。博士の荷物といいこいつらといい、今日はあの馬鹿連中と縁が続くな。厄 日ってやつかよ?」 「大丈夫だよ。あんな奴ら、オイラ達がサクっとやっつけてやるさ!」 戦場には似つかわしくない無邪気な声を響かせるソウトーガは、右手でソウトー ボウを素早く回転させながら、空いた左手の人差し指をくいっ、と動かし、目の前 の生体兵器を挑発する。 『皆さん、ここは集団戦よりも各個撃破でいきましょう。藤野君は細い赤の鎧鏖鬼 を、相馬君は恐竜型の鎧鏖鬼を、青い鎧鏖鬼はソウトーガが撃破してください!』 「了解です!」 「おう!」 「オッケー!」 本部からの武藤の指示に従い、三人の勇者はそれぞれの相手へと身体を向ける。 「作戦は決まったか? それとも、遺言でも遺していたか?」 シンヤらの行動を待っていたかのように、口を開いたのは、細い赤の鎧鏖鬼、紅 銃鬼(こうじゅうき)を駆る妃銃。 「お前、女か? いくら鏖魔とはいえ、女と戦うのは気が進まねえや」 「その考え、すぐに改めさせてやろう。もっとも、その前に殺してしまうかもしれ んがな」 「そう簡単にいくかよ!」 藤野の声と共に放たれたセイバーショットの空気弾が、二人の戦闘開始を告げる。 「そこの青いの! オイラ達がやっつけてやるから、かかってきなよ!」 「そだね」 わずかに機体を前傾させ、加速の準備に入るソウトーガに対し、青の鎧鏖鬼、蒼 盾鬼(そうじゅんき)に搭乗する妃盾は、眠たげな声を返すだけで、機体を一切動 かそうとはしない。 「そっちが来ないなら」 動こうとしない相手に業を煮やしたソウトーガは、その身を爆発的に加速させ、 破壊された街を駆け抜ける。 人型でありながらも失わない、その力強い疾走は、まさに野生の獣である。 「こっちから行くよ!」 「無駄だよ」 互いの間にあった距離を一瞬で詰め、右手のソウトーボウを振りかぶるソウトー ガを前に、しかし妃盾は眉一つ動かさない。 直後、獣と盾、二つの力がぶつかり合い、第二の戦闘が幕を開ける。 「僕の相手は君かい?」 「ああ。俺とブレイクがお前を倒す!」 そう力強く宣言し、ファルソードを構えるファルブレイクを前に、恐竜型の鎧鏖 鬼、纏血鬼(てんけつき)を操る絞血は、小さな笑声を漏らす。 「そうかそうか。実に嬉しいよ。その機体の中に、君が、血の通った人間がいるん だろう? それだけで、この闘争が価値のあるものに感じられる」 隠しきれない昂揚を滲ませた声と共に、血染めの恐竜が一歩進む。 「さあ、戦おうか。僕は君の血が欲しくてたまらないんだ」 「こいつ、何を言って……」 「来るぞ!」 敵から告げられる意外な言葉に戸惑うシンヤだが、ブレイクの声に反応し、迫り くる鉤爪の一撃をファルソードで受け止める。 「何が何だか分からないけど、お前みたいな奴に負けるか!」 爪と剣が織りなす金属音が、第三の戦闘の幕開けを告げる。 「卿らは、この闘争を楽しめているかね?」 陽が完全に沈み、半月が大地を見下ろす夜の世界に、軽やかで楽しげな声が踊る。 夜の闇を一切受け付けない三対六枚の黄金の翼を広げ、同じく黄金の光に満ちた 剣を振るう白の鎧鏖鬼、白皇鬼(びゃくおうき)を駆る破壊の王、王騎に対するの は、 「そこだっ!」 白皇鬼の頭上からスラストアーチェリーを構え、高速で矢を連射する空の騎士、 スラストジャスター。 「これでも、食らいやがれぇ!」 スラストジャスターの連射に合わせ、バーストハルバードを手に、力強い巨体で 王に正面に迫る大地の騎士、バーストガイダー。 「いくぞっ!」 バーストガイダーの身体を盾にするように、その巨体の後ろでライフルを構える 竜の騎士、ドレイクルーガー。 「これで、お前を倒す!」 バーストガイダーとタイミングを合わせ、王の右側に回り込み、光の聖剣、アー クキャリバー・スペリオルエッジを大きく振りかぶる光の騎士、スペリオルアーク レイオン。 四人の騎士の声を乗せた四種の攻撃に対し、しかし破壊の王は微塵も焦りや恐れ を抱くことはない。 四対一という圧倒的な数的不利においてもなお、威厳と余裕を崩さない破壊の王 は、眼前に迫る四つの力に、口の端を釣り上げる。 「重ね重ね、卿らには感謝せねばなるまい」 光を帯びた六枚翼の内、左右の最上部が頭上からの矢を払い落す。 「道化殿の誘いに乗ってから今に至るまで、闘争を愉しむ機会に恵まれてはいなかっ たが」 正面から来る大地の一撃を、左手に転移させた鏖神剣(おうじんけん)の鞘で受け 止める。 「このような闘争に巡り合えるとはな」 大地の巨体の間を縫うように放たれた赤のプラズマ弾を、残る四枚の翼を前方に展 開させて防ぐ。 「生の喜びさえ感じるこの闘争に、祝福を」 そして、左手でバーストガイダーの力と拮抗したまま、強引に身を右側へと傾け、 振り下ろされる聖剣に右手の鏖神剣を合わせる。 重なる金属音とぶつかりあうエネルギーの渦が、周囲の大地を震わせる。 「くそっ! なんて野郎だ!」 「これでも通じなかったか」 距離を取り、態勢を立て直す四人の騎士の間に、数で勝っている事に対する優越感 は一切感じられない。 それとは逆に、何度も四人がかりで攻撃を仕掛けているにも関わらず、未だに有効 打を与えられない事に対する焦りと驚愕の色が滲み出ている。 「なぜ攻撃が通じないか、疑問かね」 四人の連撃を当然のように防ぎ、左手の鞘を消した白皇鬼から聞こえるのは、闘争 の場において、あまりにも穏やかな王の声。 「黙れ! 次こそは!」 「卿らの攻撃が私に届かぬ理由は二つ」 もはやここが街であった形跡が完全に消し飛んでしまった大地を駆ける光の騎士と、 それに続く三人の騎士。 「一つは、経験の違いだ」 聖剣を払い、続く竜の大剣を翼で受け止める間にも、王騎の言葉は続く。 「卿ら、どれほどの戦場を駆け、どれほどの時間を闘争に費やした?」 大地の槍斧を受け流し、跳躍して空からの牙を回避する白皇鬼。 「私の、鏖魔の脳は、多数の者から情報を吸い上げて造られる。つまり」 鏖神剣から放たれる黄金の衝撃波が、四人の騎士を襲う。 「鏖魔とは、生まれた瞬間から他者の経験をその身に宿しているという事になる」 衝撃波が生んだ煙の中から、光の騎士が飛び出す。 「そして、鏖魔の王たる私に費やされた脳の数は優に千を超える」 下から跳ね上がる軌道を描いた聖剣と黄金の剣がぶつかり合い、何度目になるとも 知れないエネルギーの爆発が起こる。 「無論、その中の全てが戦闘に長けた者の脳ではないが、それでも、卿らが想像もし えない数の戦場と闘争を、私は生まれながらに経験しているのだよ」 エネルギーの爆発によって離れた光の騎士に、王は間髪入れずに鏖神剣の衝撃波を 叩きつける。 「ありとあらゆる状況や場所での闘争を経験している私にとって、卿らの動きなど、 予測するに容易い」 黄金の衝撃波を聖剣で受け止める光の騎士を護るように、大地の騎士がその巨体ご とぶつけんと、正面から白皇鬼に向かって突進する。 「もう一つの理由だが」 正面からの一撃を回避しようとせず、あえて左手で受け止める白皇鬼。 「卿らは、この世界でいう、チェスや将棋といった類の遊戯は好きかね?」 大地の力に対抗するため、背の六枚翼が激しく輝き、出力を上げていく。 「私の世界にも同じような遊戯があるのだが、あれらは、『王を討ち取れば勝利』、 『どんな駒でも一撃で討ち取れる』という共通点がある」 力と力のせめぎ合いの中においても、王の言葉から普段の穏やかさは消えない。 「遊戯の規則に不満を言うのもつまらん話だが、私は先の二点の内、後者がどうして も納得いかなくてな」 左手一本でバーストガイダーの動きを完全に封じ込めた白皇鬼は、右手の鏖神剣か ら衝撃波を空へ飛ばし、スラストジャスターを牽制。 「あの手の遊戯における戦闘行為は、先手の一撃必殺と決まっている。それが、どの ような駒の組み合わせであろうとも、だ」 衝撃波を生み出した鏖神剣をそのまま振り下ろし、地を這うような体勢で接近し、 大剣を上へと振り上げるドレイクルーガーの追撃を防ぐ。 「おかしいとは思わんか? 最弱の駒が最強の駒に闘争を仕掛けてなぜ勝てる? な ぜ、王はああも簡単に討ち取られる?」 黄金の光を背に疑問を投げかける王は、左右それぞれの手で動きを止めている騎士 を突き放す。 「その答えがこれだ。騎士の駒を四つ並べた所で王は討ち取れんよ。騎士という存在 では、王の領域には届かんという事だ」 「果たして、そうでしょうか」 夜の大気に響き渡る王の宣告に異を唱えたのは、四人の騎士ではなかった。 破壊の王を前に一切の恐れを抱くこと無く、品格と芯の強さを兼ね備えた声を凛と 響かせるのは、 「まさか、騎士ではなく姫が応えるとはな。……名を聞こうか」 「白川志穂です。私はブレイブナイツの一員としてだけでなく、この世界に生きる一 人の人間として、あなたを否定します」 スラストジャスターの中にある玉座から、高らかに己の名を告げる少女、白川志穂 は、天空の騎士を通して破壊の王を見据える。 「王騎さん、でよろしかったでしょうか。あなたは先ほどから自分の事を王と称して いますが」 玉座から立ち上がり、瞳に強い力を込めた志穂は、小さな呼吸の後、 「あなたは決して、王と呼べる存在ではありません」 静かに、だが有無を言わせぬ力強さで、そう告げた。 「…………理由を、聞かせてもらおうか」 鏖神剣を下げ、構えを解いた王騎の返答から、普段の穏やかさは消えない。 「では、こちらも聞かせていただきます。あなたの、王としての目的は何ですか」 「無論、闘争の世界の具現化と、その果てにある『至高の一滴』の完成に他ならぬ」 「その世界の中で、弱者の、あなたが言う所の弱い駒の居場所はどこにありますか」 「闘争の世界において、闘争の出来ぬ弱者は淘汰されるのみ」 「その世界の中で、幸せや愛はどこにありますか」 「闘争の世界において、闘争の中にこそ幸福があり、強者には愛と祝福を与えよう」 「その世界の中で、未来はどこにありますか」 「闘争の世界において、闘争の果ての死こそが未来だ」 「最後に、聞かせて下さい」 王との短い問答の終点となる問いを発すべく、志穂は両手を強く握りしめる。 「その世界を、あなた以外の誰が望んでいるのですか」 「私一人が望めば、それで十分であろう。他の誰でもない、王である私が望むのだ。 世界を変える力を持つ者、それが王と呼ばれる存在だよ」 「…………あなたの考えは分かりました」 自分を護ってくれる騎士や、それぞれの騎士の中で戦場に立つ姫達の存在を頼も しく感じながら、志穂は、今この場にいない仲間の教えの通り、呼吸を整える。 直後、 「やはり、あなたは王ではありません」 先ほどの繰り返しになる言葉を、志穂は力強く吐き出した。 「真の王とは、総ての民への深い愛と、彼らをより良い未来へ導こうとする意志、 そして、己が国を身命を賭して守り抜くという強い信念を持つ者です」 闘争が止まった戦場に、天空の姫君の声が、澄み切った歌声のように響き渡る。 「世界を際限の無い闘争に陥れ、力無き人々から光を奪おうとするあなたを、誰が 王と認めるでしょうか。王とは自分で名乗るものではなく、万人が認めて初めて王 たりえるのです」 王騎からの返答は無い。 この言葉が彼にどれだけ届いているのだろうか、という一抹の不安が胸をよぎる が、志穂はそれを胸の奥でねじ伏せる。 そして、 「王という概念に酔い、その仮面を被った悪魔。それが、あなたの正体です」 今までのどんな言葉よりも力強く、志穂は自身の下した結論を叩きつける。 「……成程、な」 わずかな沈黙の後、王騎の言葉がゆっくりと告げられる。 「私を悪魔と評するか。確かに私の世界において、鏖魔は悪魔と同義。なれば、卿 の言葉も間違ってはいまい。だが」 黄金の光に彩られた鏖神剣が、再び持ち上がる。 「いかに私を否定しようが、私は王として闘争の世界と『至高の一滴』の創造を止 めはせん。私を止めるというのならば」 戦闘行為の再開に向け、白皇鬼の六枚翼の輝きが激しさを増していく。 「私を滅ぼす他に無い、と言っておこう」 先ほどまでよりも更に力強さを増した六枚翼の大きな羽ばたきが、周囲に飛び散っ た岩や建造物の残骸を吹き飛ばす。 「ここからは加減などせんぞ。白川志穂、と言ったな。卿が否定した王の闘争、その 目に焼き付けるがいい」 「どうあっても自分と王と称するのであれば、一つ、教えて差し上げます」 圧倒的な威圧感を放つ破壊の王を前に、しかし志穂の意志は微塵も揺るぎはしない。 「歴史上、多くの王を打倒したのは、最弱の駒である、力無き民衆の無垢なる祈りで す」 彼女と同様に、他の姫や騎士も、全力を見せる王を前に一切の怯みを見せない。 「平穏で安らかな日々を願う祈りは人々の間を伝播し、やがて大きな力となります。 そして」 志穂の胸に、数奇な運命を共にする親友と、自身を守護してくれる騎士の姿が宿る。 「どんな苦境にあろうとも光を信じて進もうとする心を勇気と呼び、その勇気を心に 刻み、力無き人々の祈りを実現させるために剣を執って戦うのが、騎士と呼ばれる存 在です」 全力を発揮する王と四人の騎士との間の緊張感が、最大限に高まる。 「王の仮面を被った鏖の悪魔に、勇気をもって戦う私達は、決して負けはしません!」 「ならば、その勇気という感情ごと呑み込んでくれる。我が闘争の世界の中にな」 次の瞬間、破壊の王と騎士達の激突が、大気を激しく震わせる。