破壊の王と暗黒の傭兵(前編) 「貴様、何の用があってここに来た?」 宇宙空間に浮かぶ、ギルナイツの拠点である漆黒の魔城、ギルキャッスルに、城 が持つ禍々しくも荘厳な空気を象徴するかのような声が響き渡る。 「私の用は至極単純なものだよ、ギルカイザー殿」 暗黒の声の主、ギルカイザーの問いに応えるのは、威厳に満ちた低さと重さの中 に、聞く者を陶酔させる甘さを含んだ男の声。 ギルカイザーや、彼の両脇に控える多数の暗黒騎士らの全てに明確な敵意と殺気 を向けられる中、魔城の闇に溶けそうな黒の長衣をまとった男の声に、恐れの色は 微塵も感じられない。 重厚さと美しさを兼ね備えた長衣を完璧に着こなす見栄えの良い長身に、整えら れ過ぎている事が逆に不自然にさえ感じられる白髪赤眼の美貌を持つ男は、口元に 微笑を浮かべ、自身を取り囲む暗黒騎士らの存在などまるで意に介さず、正面に見 える赤い燐光、ギルカイザーのみを見据えている。 「私の目的は、いついかなる時も唯一つ」 男性としての一つの極地を具現化させた鏖魔、王騎の口から紡がれるのは、彼の 生涯の目的である、一つの言葉。 「『至高の一滴』の完成、それだけだ」 「王を気取る破壊者風情が、ほざきよるわ」 明らかな嘲笑を含むギルカイザーの声に合わせ、魔城の空気そのものが揺れる。 「それで、貴様の求めるその一滴とやらが、ここにあるとでもいうのか?」 「残念だが、ここに私の求めるものは無い。更に言うならば、ここに来る事に意味 などありはしない。ただの気まぐれ、とでも言おうか」 「貴様! ギルカイザーの御前ぞ!」 「ふざけた事を!」 戯曲を高らかに謳いあげるかのような王騎の言葉に、ギルカイザーの周囲に控え る暗黒騎士らが怒声を張り上げるが、白髪の王はそれらに微塵も意識を割く事無く、 決して崩さない微笑から言葉を続ける。 「卿らギルナイツにとっての仇敵、ブレイブナイツといったか」 瞬間、魔城の空気が停滞する。 自身が口にした言葉が持つ意味の強さを確認した王騎は、眼前の闇の主に己の声 を染み渡らせるよう、ゆっくりと口を開く。 「私が、彼らを滅ぼそうと思ってな。鋼の身体を持つ騎士にして勇者、王の闘争の 相手として悪くはなかろう」 「……その言葉、冗談では済まされんぞ」 押し殺した声と共に、赤い燐光が激しく燃え上がり、魔城に住まう全ての暗黒騎 士から、憤怒の奔流が殺到する。 この怒りの大渦が、ブレイブナイツの騎士に倒された多くの暗黒騎士を悼む心が そうさせるのか、単に己の獲物を横取りされそうになっている事に対する怒りの感 情の発現なのか、王騎は一瞬だけ思考したが、その思考の無意味さ故に、小さな笑 声を合図に瞬時に思考を切り替える。 「そこまで怒りを露わにするとは、卿は存外に感情的なのだな。ならば、この後の 言葉に、卿はどのような反応をするのだろうな」 常人ならこの場に居合わせただけでショック死してしまうのではないかというほ どの殺気に包まれた空間の中、微笑を絶やさない王騎の深紅の瞳がわずかに輝きを 増す。 「ブレイブナイツの騎士を滅ぼした後、私は彼らの護る姫の脳を奪う。神に繋がっ ている、という彼女らの脳を組み込む事が出来れば、『至高の一滴』の完成に、大 きく近付く事が出来る」 「この痴れ者がっ!」 暗黒の咆哮は、巨大な火球を伴って放たれた。 黒一色の空間を紅蓮に染め上げる火球は、この魔城にそぐわない白髪の異端者を 周囲の全てを巻き込みながら焼失させるため、ギルカイザーの眼前に着弾。 「ぐぉぉ!」 「がぁぁ!」 運悪く巻き添えを食らってしまった暗黒騎士の叫びさえも焼き尽くす炎の嵐は、 しかし通常の物理法則を無視して急速に勢いを失っていく。 それがこの魔城における物理法則なのか、それともギルカイザーの力によるもの なのか。 その答えがどちらであるにせよ、ギルカイザーの放った火球がもたらした結果は、 炎に包まれた己の部下と、 「臣下の扱いには気を付けたまえ。あれでは不憫に過ぎる」 先ほどよりも己の懐に近い位置から言葉を紡ぐ、異世界の生体兵器の声であった。 「貴様は王よりも奇術師が似合っているようだな。……だが、次は無いぞ」 今の火球に、避ける暇を与えたつもりはなかった。 だが、目の前の男は避けるどころか、こちらに接近してきている。 そこにどういう仕掛けがあったのか、ギルカイザーが疑問に思うよりも早く、黒 衣の王が次の行動に移る。 「闘争をしに来た訳では無いのだが」 至近距離でギルカイザーと向き合う王騎の右手の内に、まるで魔法のように、黄 金の鞘に包まれた、一振りの長大な剣が現れる。 破壊を生みだす生体兵器、鏖魔が持つには相応しく無い、柔らかな笑みを浮かべ る女神の姿が彫られた鞘の中から覗くのは、数多の文字を表面に刻んだ、鞘と同じ 黄金の刀身。 「王の闘争が見たいというなら、その対価を支払ってもらう事になる。覚えておき たまえ」 暗黒の空間においても輝きを失わない黄金を手にした王騎の微笑が、わずかに深 いものへと変化していく。 「己が城を墓標にするといい」 「叩き潰してくれるわ!」 そして、黄金と暗黒の力がぶつかり合う、まさにその直前、 「ちょ、ちょ、ちょ〜〜っと! いけませんよ! いけませんねえ!」 突如、殺意の塊と化していた二人の間に、あまりにも場違いな素っ頓狂な声が走 り抜ける。 「いけないなあ! ああ、本当にイケナイ! どうして貴方がたはこちらの脚本を 壊そうとばかりするのか! それでもエンターテイナーですか!?」 全ての者が虚を突かれ、動きを止めた空間に、新たな来訪者の姿が徐々に浮かび 上がる。 陽炎のような揺らめきから生まれたその実体は、サーカスなどで見かける道化そ のものの姿をしていた。 「挨拶に行けば痛い目に遭うわ、いざ事を始めてみれば脚本通りに動いてくれない わ、挙句の果てには仲間割れとは……。ワタクシ、今回の公演の運営にどれほど苦 労を重ねればいいのか……」 見ている者が呆れかえるほどの大袈裟な口調と仕草で泣き真似をする道化、ダー クラウンの登場に、場の誰もが次の行動を起こせないでいた。 それほどまでにこの道化の登場は唐突であり、彼の持つ空気が奇妙極りないのだ。 「ギルカイザーさんに王騎さん、貴方がたの舞台はココではありませんYO! まっ たく、私の力作を台無しにしないでいただきたいものです」 泣き真似をやめ、両手に数十枚のビラを手にしたダークラウンは、暗黒の空間を 塗り替えるかのように、両手に持ったそれらを宙にばら撒く。 「む?」 「ほう」 空中遊泳を楽しむようにゆっくりと宙を舞うビラに目を通したギルカイザーと王 騎は、それぞれに短い言葉を口から漏らす。 次回公演のおしらせ 超次元ワンダランドが送る次のステージは…… ギルナイツを従える暗黒の王、ギルカイザー! 超科学が生み出した破壊の王、王騎! とっても強くて悪い二人の王がアナタの街にやってくる! 『ザ・ダブルキング・パニック』お楽しみに! 直視するに耐えない毒々しい色彩と装飾に塗れたビラが全て魔城の床に落ちた頃、 ダークラウンは、もはや闘争の空気を完全に失った二人の王に交互に視線を移す。 「このビラ、もう良い子のみんなに配ってしまったのですよ。予告を打って公演で きないとなると、この超次元ワンダランドの信用問題なのですよ?」 「道化殿の職務など、私の知る所ではないが」 手に持っていたビラを放り投げた王騎は、彼にしては珍しい、呆れの色を含ませ た息を吐き出し、黄金の剣を鞘に収める。 「興が殺がれた。私は白槍に戻るとしよう」 「そう簡単に逃げられると思っているのか?」 剣を消し、身を翻そうとした王騎に、ギルカイザーの声が降りかかる。 「あの騎士めらを打ち倒し、神の力を奪おうという貴様を、このまま何もせずに帰 す訳がなかろう」 「ああもう、ワタクシの話を聞いてなかったのですか!?」 「黙っていろ道化。これ以上邪魔するなら、お前も叩き潰す」 赤の燐光に再び激しい怒りの輝きが宿る。 「ギルカイザーに逆らう者には死を!」 「あの鏖魔を生きて帰すな!」 暗黒の王の輝きに応え、それぞれに雄叫びをあげる暗黒騎士の群れを前に、王騎 はやはり変わらぬ微笑を浮かべたまま、道化に深紅の視線を投げかける。 「さて、どうやら道化殿の脚本は上手くいかぬ運命にあるようだ。その代わりに、 この城に巣食う者らの死骸を街頭に吊るしておけるようにしておこうか」 「ああ、本当にこの人らは……」 ギルカイザーの怒りに応じて輝く燐光に対し、彼の周囲の空間を包む暗闇は、次 第にその深さを増していく。 輝きを増す燐光の横で暗くなっていく暗黒という矛盾を内包した空間の緊張が膨 張していく中、 「待て、ギルカイザー」 戦場の空気を貫いたのは、芯の通った鋭い男の声。 「ボルドルーガか」 ギルカイザーの声を受けて暗闇から姿を見せたのは、他の暗黒騎士とは明らかに 違う雰囲気を放つ、赤い戦士。 「ここは俺に任せてもらおう」 ギルカイザーに従う暗黒騎士と違い、対等な立場で言葉を交わす赤の戦士、ボル ドルーガは、それ一つとっても達人の技を伺わせる足取りでギルカイザーと王騎の 間に割って入る。 「王騎、といったな。お前の相手はこの俺だ」 「よかろう。王の前に立つ事の意味、教えてやろう」 「くれぐれも公演の支障にならないように、お願いしますよ」 夏の到来を感じさせる陽射しの下、石畳の広場に設けられたパステルカラーのパ ラソルと、白に統一されたテーブルセットで構成されたオープンテラス席は、平日 にも関わらず多くの席が埋まり、それぞれが思い思いの時間を過ごしている。 「予定の時間までもう少し、といった所かな」 スーツを着た会社員や、大学生風の若者、時間を余した主婦が主な客層のカフェ の中、一際異様な雰囲気を放つ一組の中から、声が聞こえる。 血に塗れたような赤い上下を着こなす、整った顔立ちやスタイルが中東の貴族か 俳優を思わせる、褐色の肌に金髪碧眼の男は、手元のアイスティーを喉に流し込み、 席を共にする二人の女性の反応を伺う。 「改めて言っておくぞ、絞血(こうけつ)」 先に口を開いたのは、この天気の中で、あまりにも不釣り合いな重厚な赤の長衣 を着る、服と同じ赤の髪を持つ女性。 絞血と呼ばれた男とは違い、炎を連想させる赤を全身を包んだ女性は、意識して 大きな音を立ててコーヒーカップを皿に置く。 「私は貴様と行動を共にする事に、納得などしていない」 どこか中性的な雰囲気を漂わせる赤の女性は、周囲から寄せられる視線の多さに 舌打ちし、雲の少ない午後の空を見上げる。 「私はあの空の向こうにいる王騎様の側でお仕えしていたい。だが、あの方はそれ を許可してくださらなかった。だから私はここにいる」 「妃銃(ひじゅう)、相変わらず君は恋する乙女のようだね。いくら本能に刻まれ た宿命とはいえ、空の向こうにまで想いを届けようと」 アイスティーのグラスを取る絞血の言葉を遮ったのは、砲弾のような勢いで彼の 鼻先を掠めて飛んでいったテーブルと、そのテーブルが織り成す様々な破壊音と人 々の悲鳴。 「恋、だと?」 赤の女性、妃銃の蹴り飛ばしたテーブルが信じがたい高速で吹き飛び、正面の席 に座っていた主婦らしき女性グループもろとも、向かいの道路に停めてあった車に 突き刺さるが、彼女の意識の一切はそこに向けられていない。 「貴様、私の忠誠を恋などという陳腐な概念で語るか!」 一瞬にして恐慌状態に陥ったカフェの中、何事も無かったようにアイスティーの グラスを傾けようとする絞血のグラスが、粉々に砕け散る。 「まだ中身が残っていたのに、残念だ」 グラスと中身が飛び散った、服と同じ赤い靴を見下ろす絞血は、左手の親指と人 差し指で掴んだ、グラスを破壊したモノを無造作に放り投げる。 乾いた音を立てて地面に転がるのは、表面に文字にも記号にも見える模様が彫ら れた黒い銃弾であった。 「君は過激で困る。こんなものでいちいち狙われたら、命がいくつあっても足りな いな」 残骸となったグラスを投げ捨てた絞血の右手が、黒の銃弾を放ったモノ、銃弾と 同じく文字のような模様が刻まれた黒い拳銃に触れる。 銃身そのものが重力を無視し、空中で固定された拳銃に。 「私の忠誠を愚弄した罪、本来なら死をもって償わせたいが」 銃を宙に固定するのみならず、それに触れる事無く銃弾を発射させた妃銃の声に 合わせ、絞血の周囲に十挺ほどの拳銃が出現する。 「王騎様は我らの殺し合いを望んではいない。ゆえに、今は貴様の手足を撃ち抜く 事で良しとしておく。その軽率な言葉を後悔しろ、下種が」 「待って、妃銃」 客も店員も逃げ出し、もはや無人となったカフェで行われる剣呑が過ぎる応酬に 割って入ったのは、今まで一言も発する事の無かった、もう一人の女性。 「止めるな妃盾(ひじゅん)」 怒りに任せるままの妃銃とは対照的に、この場にはそぐわない、気だるげで小さ な声で彼女を止める妃盾と呼ばれた女性は、声だけでなく、見た目もまた妃銃とは 対照的であった。 髪と服を炎のような赤で統一している妃銃に対し、妃盾の髪と服は深い海のよう な青で統一されている。 それぞれに異なった色を持つ二人だが、どこか中性的な顔立ちは酷似しており、 顔立ちだけ見れば、まるで同一人物である。 「空気が震えてる。電話だね」 仲間どうしの騒動など別世界の出来事だと言わんばかりに、テーブルが破壊され る前に確保しておいたドーナツを口に入れた妃盾は、妃銃の長衣をまさぐり、その 中から白い携帯電話を取り出す。 マナーモードに設定しているため、音を出さずに振動を続けている携帯電話は、 着信状態である事を懸命に主張している。 「ん」 電話を取り出したものの、自分が出る気など毛頭ない妃盾は、震え続ける携帯を 妃銃に差し出す。 「……ここは妃盾に免じておこう」 自分の服の内側で携帯が振動していた事など、妃盾に言われるまでもなく認識し ており、それに対応するのは目の前の下種に仕置きをしてからだと決めていたが、 こうなってしまっては仕方ない。 『荒木だ。鏖魔どもよ、準備はいいか』 宙に浮いていた銃を全て消した妃銃の耳に届いたのは、数日前に聞いたのと変わ らない男の声。 「こちらはいつでも構わん。王騎様の命だ、今回は協力してやる」 『維新夜天党の悲願達成のため、共に邁進しようではないか! フハハハハ!』 自信に満ちた高笑いを残して一方的に終了した通話の内容は、今更確認するまで もない。 日本転覆を狙う反政府組織、維新夜天党の次なる一手は、普段のような機動兵器 での破壊活動ではなく、水面下での活動となるため、それを気取られないための陽 動部隊の協力を必要としていた。 そこで白羽の矢が立ったのが鏖魔であり、その長である王騎の了承のもと、妃銃 ら三人の鏖魔は、夜天党のための陽動という形でこの街を破壊するために待機して いたのだ。 当然ながら、妃銃には夜天党の目的である日本転覆など微塵も興味は無い。 だが、ここで破壊活動をする事で来るであろう敵の存在は別である。 『勇者』と称される鋼の強者との戦いは、鏖魔の闘争本能を満たす、胸躍るもの になるであろう。 「やれやれ、危ない所だったよ。じゃあ、行くとしようか。……けど、その前に」 苦笑いと共にゆっくりと立ち上がった絞血の青い瞳が、あるものを捉える。 「闘争の前に腹ごしらえをしないとね」 口の端をわずかに歪める絞血の視線の先にいるのは、一人の警官であった。 破壊されたカフェの様子を見に来たのか、パトロール中にたまたまここを通り かかったのか、無線機を使い、こちらを伺いながら必死に何事かを告げている警 官の下へ、絞血の身体が跳ねる。 見た目はヒトと同じであっても、中身は兵器として生み出された鏖魔の動きは、 ヒトのそれを遥かに上回る。 三人の破壊者から目線を外した瞬間、褐色の肌の男が目の前に立っているとい う事実は、警官にとってみれば、時間の流れが歪んだとしか思えないであろう。 「大丈夫。すぐに終わるよ」 突然の事態に身体が反応できない警官の首に、絞血の右手が添えられる。 首を絞めるにはあまりにも優しい、およそ暴力とは呼べないその仕草に警官の 意識が疑問を浮かべようとした瞬間、注射を刺される時の痛みを幾分か薄めたよ うな小さな刺激が彼の全身を駆け抜ける。 「今入ったのは、僕の中にいるもう一人の僕さ。すまないけど、君は彼の餌にな ってもらう」 瞬間、警官の中に流れる全ての血が首に集中し、絞血の右手に吸い込まれてい く。 絞血に身体中の血液と水分を吸い取られた警官は、一瞬にして数千年の時を経 たミイラさながらの姿になり、断末魔の悲鳴をあげる事さえ無く地面に転がり、 そ生涯に幕を閉じた。 「やはり血を吸うこの瞬間こそ、最高に気持ちが良い!」 成人男性一人分の血と水分を瞬く間に吸い上げたにも関わらず、外見に何の変 化も見られない絞血の顔が、歓喜で醜く歪む。 「アア、タマラナイ! モットチガホシクナル!」 狂ったように笑う絞血の声が、見た目相応な若者のものから、年老い、枯れた ものへと変化していく。 同時に、彼の顔中に太い血管のような筋がいくつも現れ、それぞれが独立した 生き物のように蠢き始める。 「相変わらず醜悪だな。吸血生物に寄生されたその姿は」 「気持ち悪いね、あれは」 見るに耐えないとばかりに、目を逸らして吐き捨てる赤と青の鏖魔。 「……ふう、待たせたね」 数秒後、顔を覆っていた筋が消え、声も元に戻った絞血は、満足げな笑みで二 人の鏖魔に向きあう。 「君達もこれを身体に入れてみれば分かるよ。血を吸う事の楽しさが」 「必要無い」 絞血の言葉を一蹴した妃銃の背後に、巨大な黒い霧が生み出されていく。 「私に必要なのは血ではない。王騎様への忠誠だけだ」 妃銃の背後で生まれた黒い霧が、徐々に一つの形を作っていく。 同様に、妃盾と絞血の背後にも、それぞれの形を持った黒い霧が広がる。 「あの方が、ご自身の守護で無く、ここでの破壊を私に望むというなら、私はそ れを全うする。この紅銃鬼(こうじゅうき)で」 そして、妃銃の背後で広がった霧が晴れた後に現れたのは、背に一対の翼を持 つ赤い人型の機動兵器であった。 警察や自衛隊では対処できない事態に対し、独自で防衛活動を行う私設組織、 ブレイバーズ。 鋼の英雄、『勇者』を擁するこの防衛組織の食堂に、四人の姿がある。 「これで決まりだな」 軽い調子でそう告げた男は、右手に収まっていた二枚のトランプをテーブルに 積まれた山の上に放り投げる。 「それじゃ、よろしく頼むぜ」 日焼けした肌に一部を茶色に染めた髪がどこか荒々しい印象を与える男、藤野 鉄生は意地の悪い笑みを正面の青年に向ける。 「相馬君、残念だったね」 藤野の隣の席でコーヒーを飲みながら二人の様子を伺っていた女性、平野洋子 は、嫌みの無い爽やかな笑顔で相馬と呼ばれた青年の肩を叩く。 「はぁ、気が重いなぁ……」 テーブルに突っ伏し、左手に残った一枚のトランプ、ジョーカーを見つめる青 年、相馬シンヤは、これから先の自分の向かう先を思い、大きなため息を吐き出 す。 「まあまあ、相馬君。何も戦場に行く訳じゃないんですから」 「僕にとっては戦場みたいな場所ですよ、あそこは」 四人の中で最年長であり、年齢に見合った落ち着きでシンヤをなだめるのは、 彼らの隊長、武藤黒。 「おい相馬、いつまでもヘコんでんじゃねえよ。このババ抜きで負けたのはお 前なんだから、さっさとソレを持って行って来い」 「わ、分かってますよ。ただ、心の準備がですね」 「んなもん待ってられるかよ。ほれ、早く立て」 業を煮やした藤野に足を蹴られ、渋々立ち上がったシンヤは、せめてもの抵抗 として再度のため息を吐き出しながら、トランプの山の横に置かれた小さな紙袋 に視線を落とす。 何の特徴も無い、無地の白い紙袋の中身が何なのか、シンヤを始めとするこの 場の四人は何も知らない。 これは、食堂で揃って昼食を摂っていた四人の下を訪れた乃木坂が、今日中に これを届けておいてくれ、と置いていったものなのだ。 「嫌だなぁ、創世島に行くの」 まるで爆発物を取り扱うかのように慎重な手つきで紙袋を持つシンヤの口から 出た単語は、ブレイバーズとは異なる防衛組織がある人工島の名である。 『すまないが、今日中にこれを創世島の真島君に届けてくれないか。大事なもの だからね。よろしく頼むよ』 つい先ほどこの場で聞いた乃木坂の声が、シンヤの中で鮮明に蘇る。 『あの馬鹿どもの巣窟に? 冗談じゃねえ。おい、相馬、お前が行って来い』 『私もあそこはちょっと……』 『隊長がこの場を離れるというのも、ね』 次いで思い出されるのは、荷物の届ける先を聞いた各々の反応。 結局、誰が行くかで散々揉めた末、ババ抜きで負けた者が行くという結論に達 し、 ――何となく、こうなる気はしてたんだよなぁ 自分がこれから行く場所、創世島は、シンヤにとってあまり良い思い出が無い、 というより、行けば心に何らかの傷を負わされていく気がしてならない。 だが、負けてしまった以上、行かねばなるまい。 ――サッと行ってパッと渡してくれば問題無いはず! 五分で終わらせる! 「あ、そうだ相馬君」 よし、と全身に力を込め、背筋を伸ばしたシンヤの背に、洋子の声がかかる。 「なんでしょう?」 「創世島に行くなら、一つ頼みたい事があるんだけど」 胸の前で手を合わせ「お願い」のポーズを取る洋子。 「ソフィアさんの使ってる香水が何か、聞いてきてくれない?」 「…………はい?」 その意外な頼みに、せっかく込めた力が抜けていく。 「前に会った時から気になってたんだけど、なかなか聞く機会が無くて。だか ら、お願いしてもいいかな?」 「はい。それくらいなら」 ――ま、マズい、マズいぞこれは! 表向きは快く了承したものの、シンヤの内心は平常通りとは程遠い。 真島烈の妻にして、『メタル・ガーディアン』の副司令であるソフィアとい う女性に関しては、一つの絶対的なタブーがある。 それは、彼女の素性を探る事。 謎の多い美女だけに素性が気になるのは誰もが同じであるが、迂闊な事を口 走った者には、恐ろしい末路が用意されているという。 現在使っている香水を聞くくらいならば問題無いはず、と思う一方で、万が 一にでもタブーを犯してしまった時の事を考えると、たかが香水一つとはいえ、 躊躇せざるをえない。 素早く荷物を渡して帰るつもりが、思わぬ難題を押し付けられたと内心で頭 を抱えたその時、食堂内を大音量が貫いた。 「ちっ! どこのどいつが暴れてやがる!」 「まずは司令室に!」 その音が何者かの破壊活動を知らせる警報だとシンヤが認識するより早く、 俊敏な動作で立ち上がった藤野と武藤は、テーブルの上のトランプもそのまま に、勢いよく食堂を後にする。 「相馬君も早く!」 「はい!」 それに一瞬遅れて動く洋子に引っ張られるように、シンヤはブレイバーズの 廊下を駆け抜ける。 右手に持ったままの紙袋の事は警報の音に洗い流され、一人の戦士の顔となっ たシンヤの思考は、これから起こる戦闘に向けられていた。 夜天党の動きから目を逸らすために動き始めた三人の鏖魔から遥か離れた地 に、白と赤が並ぶ。 「わざわざ地上に降りるとはな」 倒壊したビルや砕けたアスファルトに囲まれた死の街に、白の機体から発せ られた声が響く。 陽光を受けて輝く純白の装甲に、背に大きな三対六枚の翼を有する機体、白 皇鬼(びゃくおうき)は王騎専用の鎧鏖鬼であり、彼が持っていたものと同じ デザインの黄金の剣、鏖神剣(おうじんけん)を携えるその姿は、王というよ りも男性神に近い印象を与える。 「卿は暗黒の宇宙よりも、大地を墓標としたい、という事か」 「思い上がるなよ王騎」 対する声は、赤の機体から発せられる声。 傭兵を自称する赤い戦士、ボルドルーガは、長大なライフルを肩に担ぎなが ら、白の王との距離を図る。 「しかし」 かつての戦闘で破壊され、死の街と化した地に降り立った王は、右手の剣を 特に構えもせず、古い友人と世間話に興じるかのような穏やかさで言葉を紡ぐ。 「卿はなぜ、私に挑む?」 赤の傭兵は応えない。 その無反応に、王騎は、ふむ、と呟きを漏らし、己の言葉を繋げていく。 「ならば私の考えを聞いてもらおうか。実を言うと、私は卿の正体について、 ある程度の予測が出来ている。いや、予測というよりは確信と言うべきか」 「……何を言っているのか分からないな」 これ以上の会話を許さない、という意志の表示として、ボルドルーガがライ フルを構える。 「王とは詰まる所、民の全てを理解し、支配する存在に他ならない。ゆえに私 には、相手の魂の在り方を見る事の出来る能力が備わっている。全ての物を等 しく理解するためにな」 銃口を向けられてもなお戦闘態勢を取ろうとしない王の言葉が、歌のように 街の大気を震わせる。 「私が見た所、卿の魂は暗黒騎士でもなければ、傭兵といった類のものでもな い。その魂は以前見たものに近い。……そう、彼らは『勇者』と言ったか」 「無駄口はそれまでだ!」 王騎の言葉を止めるべくライフルから放たれた光弾が、死の街の空気を切り 裂き、白の王に牙を剥く。 だが、 「もし卿が『勇者』と呼ばれる者に近しい、あるいは真に『勇者』と呼ばれる 存在であれば、ギルナイツに属しているというのは、いささか不可解だと言わ ざるを得ない。それと、もう一つ」 鏖神剣を軽く振って光弾を弾き飛ばす王騎の言葉は止まらない。 「卿の中にいる者は誰か?」 「……何!?」 初撃が不発に終わった事よりも、その後に告げられた言葉に衝撃を受ける赤 い戦士の動きが、一瞬止まる。 「私は魂を見る事が出来る、そう言ったはずだ。私の目には、卿の中に別の者 の魂が見えるのだが?」 「答える必要はない!」 高速で白皇鬼の右に回り込んだボルドルーガのライフルから、再度の光弾が 放たれる。 左から正面にかけては鏖神剣の圏内だが、右側は防御の手段を持たない。 「中に他の誰かがいるのか。もしそうであるなら、それは何者なのか」 側面からの攻撃を、背の翼を使って飛翔する事で回避した白皇鬼を捉えるべ く、光弾の追撃が続く。 「地上に降り立ち、一人で戦いを挑むその理由は、仲間の『勇者』に何かを伝 えたい、あるいは渡したい、そんな所であろう。そして、卿が伝えたい事とは」 粉雪のような白い光の粒子を生みだしながら飛翔する白皇鬼は空中で身を翻 して地上のボルドルーガと向き合う。 「私の能力の見極め、と言った所か」 絶え間なく迫り来る光弾を打ち払う鏖神剣に、黄金の光が宿る。 「ならば私を楽しませてくれ。闘争が熱を帯びてくれば、私も己が能力を使う 時が来るだろう」 瞬間、黄金の光に包まれた鏖神剣を振り下ろす動きに合わせ、刀身から三日 月状の衝撃波が放たれる。 王の威光を具現化した黄金の衝撃波が、荒廃した街に残っていた建造物をな ぎ倒し、巨大な破壊の爪痕を刻みつける。 「卿も実力を見せたまえ、よもや、今の一撃で消滅した訳でもあるまい?」 区画ごと消滅し、立ちこめる煙に覆われた街を見下ろす王の元へ届いたのは、 赤い傭兵の言葉でもなければ、彼の放つ光弾でもない。 「む?」 未だ晴れない煙の中から飛び出してきたのは、四本の苦内(くない)。 今までとは違う武器による攻撃に多少意表を突かれたものの、白皇鬼は鏖神 剣で危なげなく振り払うが、苦内が鏖神剣に触れた瞬間、それらは一斉に爆発 し、至近距離での爆風が王を襲う。 咄嗟に背の翼を前方に回して壁を作り、爆風から身を守る白皇鬼。 白の王が防御に割いた一瞬の隙を突いたのは、これも赤の傭兵とは異なる、 巨大な影であった。 長い首を伸ばし、巨大な口を開けて王を噛み砕かんとするのは、四肢を持ち、 一対の大きな翼と赤い双眸を持つ一頭の飛竜。 「まさか竜とはな」 煙の中から現れた意外な巨体に更なる闘争を見た王騎の声が、興奮に彩られ る。 翼を戻し、正面から迫る竜の牙から逃れる白皇鬼に、反撃に転じる時間を与 えまいと、太く長い尾が追撃をかける。 続けて迫る尾の一撃を鏖神剣の刀身を盾に防ぐ白皇鬼がわずかにのけぞった その瞬間を、彼と「彼女」は見逃しはしなかった。 「クルーガー! やってしまえ!」 「おおおおお!」 竜の連撃を凌ぐ王の背後で、二つの声が重なる。 「アームブレード!」 煙の中から飛び出し、陽の光を浴びて輝く色は、赤ではなく黒。 目にも止まらぬ速さで白皇鬼の背後に回った黒の戦士は、腕から飛び出した 刃ごと身体を高速で回転させ、自らを一陣の竜巻へと姿を変える。 「ローリングスラッシャー!」 力強く叫び、刃の竜巻と化した己が身体で王の背を切り刻む、その刹那、 「なっ!?」 黒の戦士は自身の身体に急制動をかけて竜巻状態を解くが、殺し切れなかっ た勢いのまま、正面の飛竜の腹に突っ込んでしまう。 激突する寸前で両手を飛竜の腹に添え、何とか体勢を立て直した黒の戦士は、 今この瞬間に起きた不可解な事実を確認するべく、意識を周囲に散らす。 「何が、起こった……!?」 刃が王の背に届くと確信した瞬間、自分の目の前にいたのは竜だけであった。 どれほど高速であろうとも、この至近距離で移動をしたのなら気付かないは ずがない。 ならば幻覚の類か、と自問するも、その考えは瞬時に消え去る。 これまでの戦闘で得た感覚は、決して幻覚を相手にしたものではない。 では、何が起こったのか。 この能力の正体を見極めんがために、ギルナイツの目の届きにくい地上で戦 闘を仕掛けたというのに、答えは出ない。 「あそこだクルーガー!」 黒の戦士、クルーガーの中にいる者の声が、思考の海に沈みかける彼の意識 を引き戻す。 「それが、卿の真の姿か」 王の声は、クルーガーから遠く離れた場所からのものであった。 傾き始めた陽光を浴び、荒廃した街に残るひと際高いビルの屋上に悠然と立 つその姿は、王という概念そのものを形にしたかのように思える。 「先ほどの一連の攻撃、なかなかのものであった。賞賛に値する、と言っても いいだろう。……だが」 戦闘中という事を忘れそうになるほどに穏やかな声色で語りかける王騎は、 言葉を切り、互いの間に空白を生みだす。 自分達の間に空けられたこの距離を見ろ、と言わんばかりに。 「卿がどのような攻撃を仕掛けてこようとも、私に届かせるなど出来はしない。 これが、王の位置に立つ私と、戦士でしかない卿との差だ」 「何が王か! さっきから聞いていれば偉そうな事ばかり言いよって!」 王騎の言葉に応えたのは、クルーガーではない。 己が感情をそのまま叩きつけるような怒声は、まだ少女と呼んで差し支えな いであろう年齢を思わせる女性のものであった。 「まさか!?」 その声に王騎よりも驚愕したクルーガーの胸から光の球が飛び出す。 空中に浮かぶ球にの中にいるのは、黒のシックなワンピースに身を包んだ、 金髪の少女である。 「お前が王なら私は王女! 王女マーヤだ!」 光の球に包まれたまま薄い胸を大いに張って白皇鬼を指差す少女、マーヤ。 「なるほど。やはり魂は二つあったか」 突如現れた王女に驚きを感じる事も無く、可愛らしい少女の啖呵を苦笑一 つで受け流した王騎は、だが、と続ける。 「マーヤと言ったか。卿は面白い目をしているな」 普段と変わらない、古くからの友人に語りかけるようなその言葉に、マー ヤとクルーガーの身が強張る。 「右は紫、左は金。こうして正面から見てみると、まるで光と闇が共存して いるようだ。その双眸、実に美しい」 日の傾きが増していく中、白皇鬼の翼が広がり、白い光の粒子が舞い上が る。 「王女と言うからには、脳は我が目的のために役立ってもらうとするが、そ の目は私の手元に置いて愛でるとしよう。光と闇を手中に収めるのも、王の 覇業の一つとして悪くはない」 「そんな事させてたまるか! 行くぞクルーガー!」 「ドレイク!」 宙に浮かぶマーヤを再び胸に収めたクルーガーに、黒の飛竜、ドレイクが 重なる。 そして、 「剛龍合身、ドレイクルーガー!」 力強い叫びと共に、黒の飛竜と合体し、真の姿を解放した黒の戦士の姿が 戦場の空に完成する。 「ほう」 赤から黒、そしてより強大な黒へと姿を変えていく戦士の姿に、王騎の口 から感嘆の吐息が漏れる。 そんな王の姿を正面に見据えたドレイクルーガーは背中の武器をライフル 形態に変え、二つに分かれた銃身の間にエネルギーを充填させる。 「次から次へと飽きさせてくれぬ」 正面の銃身から見える赤いプラズマの光に対し、白皇鬼は右手の剣に黄金 の光を宿らせる。 「さあ、見せてくれ。竜の牙は王を砕く事が出来るのか」 「その傲慢、いつまでも続けられると思うな!」 王の剣と竜の砲から放たれた黄金と赤の光が衝突し、激しい熱波と爆音が 巻き起こる。 地上を揺るがし、残っていた街の残骸を焼き尽くす熱と衝撃の嵐が吹き荒 れる中、夜の闇が近い空の上で黒と白の力がぶつかり合う。 「ぬ、おおおおお!!」 武器をライフルから大剣へと変形させ、己の持つ推力を最大限に用いて白 の王に迫る黒き竜の戦士の咆哮が、吹き荒れる熱波よりも熱く王に叩きつけ られる。 「――く、くく」 竜の咆哮と牙を正面から受け止める王の口から漏れるのは、沸き上がる衝 動を必死に押し殺したような、静かな笑い。 「はっ、はははっ」 次第に抑えきれなくなっていく笑みに応えるように出力を上げていく白皇 鬼の翼が、黄金の光に満たされていく。 「クルーガー、このまま押し切れ!」 「おおおおおお!!」 マーヤの声を受け、ドレイクルーガーは死力を尽くすべく、全身の力を限 界以上に高め、眼前の王に牙を突きたてんと、あらん限りの声を振り絞る。 直後、拮抗していた両者のバランスが、わずかにクルーガーに傾き始める。 ――この牙が届くのが先か 徐々に、しかし確実に黄金の刀身を圧している事実に、しかしクルーガー は手放しで喜んでなどいない。 ――俺の力が尽きるのが先か 限界を超えた全力は、長時間維持できるものではない。 この身が通常の機械であれば、既にオーバーヒートを起こし、行動不能に なっている事は疑いようが無い状態である。 「弱気になるなクルーガー!」 希望と絶望の天秤の行方を決めかねているクルーガーの迷いを振り払った のは、自身の胸に座す王女の声。 「お前は私を護るのだろう! なら、こんな所で王を気取る痴れ者に負ける 事なぞ許さんぞ!」 「……そうだ、私の使命は、まだ果たされていない!」 王女の声を力に変え、ドレイクルーガーは勝利までの距離をゼロに近付け るべく、黒い機体を前へと向ける。 「ははははははははは!」 だが、クルーガーの死力は、遂に感情を爆発させた王騎の哄笑の前に、い とも簡単に吹き飛ばされた。 「ぐあああぁっ!」 真下に吹き飛ばされ、地面に激突する寸前で何とか体勢を立て直したドレ イクルーガーの正面に、あくまで王の威厳と余裕を保ったまま地に降り立つ 白皇鬼の姿が映る。 「素晴らしいぞ! これが闘争の歓喜というものだ!」 背の六枚の翼の先から、それぞれ黄金に輝く光の翼を伸ばしたその姿は、 王の歓喜が機体に反映されている事の証明である。 「実に有意義な時間を過ごさせてもらった。卿には感謝せねばならんな」 夜の闇を眩く照らす六枚の翼を背に、白皇鬼の右手に握られる鏖神剣の刀 身が、今までよりも強い輝きを放つ。 「卿は仲間に何も託す事が出来ず無念だろうが、この一撃で幕を引くとしよ う」 正面のクルーガーに対し半身となった白皇鬼の構えが意味するものは、 「突き、か」 振った軌道に沿った形の衝撃波を飛ばす鏖神剣の能力からみて、突きとい う一撃から放たれる衝撃波の形は、一直線に伸びる柱状と考えて間違いない。 柱状の衝撃波は、貫通力こそ優れているものの、左右への広がりに乏しい ため、横方向へ避ける事が出来ればあるいは。 そこまで考えたドレイクルーガーは、しかし限界以上の力を使い果たした 自分に、あの一撃を回避する事ができるのかと自問し、その答えに静かに絶 望する。 「さらばだ、赤と黒の戦士よ」 闘争の余韻が感じられる、わずかに昂ぶった声を乗せ、剣に満ちた黄金の 光を解放しようとしたその時、 「やらせないっ!」 王と戦士の間に割って入ったのは、空中からの鋭い声と、一本の矢。 「むぅ?」 完全に意表を突かれた一撃を回避するため、体勢を崩した白皇鬼の一撃は、 ドレイクルーガーとは大きく離れた方向に放たれ、その先にある大地の形を 大きく変貌させる以上の効果をあげる事が出来なかった。 「大丈夫かい? 随分とやられてるみたいじゃねえか」 いつの間にかドレイクルーガーを支えるよう、傍らに立っているのは、猛 牛を連想させる大きな角を頭部の左右に備えた、雄々しく力強い大地の騎士、 バーストガイダー。 「やはり、こちらに来て正解だったようだ」 次いで空から降りてくるのは、先ほど白皇鬼に矢を放った、大きな翼を背 負う、凛々しく高潔な空の騎士、スラストジャスター。 そして、 「事情は分からんが、力を貸すぞ」 クルーガーを護るように、彼の正面に立つのは、長大な一振りの剣を構え る、銀のボディに金のアーマーを装着した光の騎士、スペリオルアークレイ オン。 「お前達……」 絶体絶命の窮地から一転、ドレイクルーガーは呆然と、新たに現れた三人 の騎士を見渡す。 「まさか、卿らの方から来てくれるとはな」 一瞬にして四対一という数的不利に追い込まれながらも、王騎の言葉から 余裕は消えない。 「行くぞ!」 掛け声と共に振りかぶった光の騎士の剣と、破壊の王の剣がぶつかり、夜 の大気におびただしい力の渦か巻き起こる。 「今宵の闘争、まだまだ面白くなりそうだ」 光の聖剣を受け止める王の口の端が、大きく持ち上がる。