三本のマッチを一つずつ擦る闇の中 最初はあなたの顔を見るため 次はあなたの眼を見るため 最後はあなたの唇を見るため そして残る暗闇はそれら総てを想い出すため あなたを抱きしめながら ――ジャック・プレヴェール 「夜のパリ」今から二十年前、人類はある一つの局面を迎えた。 自らの滅亡の危機という局面を。 地上を支配するばかりではなく、己が棲家さえも食い潰そうとするヒトという種に訪れた 危機とは、神の怒りにも似た天災でもなければ、飽くなき同族殺しの果てに迎えたものでも なかった。 それは人類以外の種にして、彼らが知り得ない世界からの侵略者というべき存在であった。 空を破り、突如として人類の前に現れた異世界の住人は、自らを「鏖魔(おうま)」と名 乗り、「鎧鏖鬼(がいおうき)」と呼ばれる無人の巨大機動兵器を用いて、その名が示す通 りの行動、虐殺を開始した。 街を砕き、森を焼き、人々の命を奪い続ける鏖魔に対し人類は抵抗を試みたが、それは自 らの被害を更に拡大させる以上の結果を生み出す事は無かった。 その原因は鎧鏖鬼の装甲、正確には装甲表面に施されている文字にあった。 人類が持つ文字のいずれにも該当しない、だが誰にとっても文字と認識できるそれは、ミ サイルや大砲といった遠距離からの攻撃を受ける前に不気味な光を放ち、その全てを無効化 する結界を発生させる能力を有していたのだ。 まるで、鎧鏖鬼の周囲は不可侵の領域であるかのように。 結界は鎧鏖鬼を中心にドーム状に展開され、その外側からの攻撃は、どんな兵器でさえも 意味を失ってしまう。 逆に、結界の内側からの攻撃ならば有効である事も判明したが、その間合いに入る事は、 人類の常識を超越した装甲と攻撃力を有する鎧鏖鬼の懐に飛び込むという事であり、それは 免れようの無い死と同義であった。 多くの死と引き換えに、わずかばかりの敵を破壊する。 異世界からの侵略者に対し、人類が出来る抵抗は、これ以外に無かった。 絶望的な戦いを続ける人類は対鏖魔機関「メサイア」を、鏖魔の手が伸びていない東京の 地下に設立、破壊した鎧鏖鬼を解析し、新たなる兵器の開発に着手した。 異世界の機動兵器という未知なる存在の解析には、科学者はもとより、動植物学、宇宙工 学、果ては魔術や超能力といった様々な分野のエキスパートが世界中から結集し、その全て を注いだ。 そして、人類は鏖魔に対抗しうる新たなる力となる、初の対鏖魔用人型機動兵器、通称「 鋼騎(こうき)」の第一号である「ナイト」を完成させた。 「デモン・メタル」と名付けられた装甲を始めとする、人類が出来得る限り解析した鏖魔 の技術を取り入れた全長三十メートルの巨人は、その名が示す通り、人類を救う騎士のごと き強さと雄々しさをもって鏖魔との戦闘を開始し、ついに鏖魔との戦争に終止符を打った。 自らを鏖魔と名乗った異世界の者達の正体や目的、その全てが不明なままであったが、圧 倒的な侵略者の魔手が消え、生き残った人類の大多数は「死を免れる事が出来た」という安 堵感で満たされる余り、一つの可能性を忘れていた。 鏖魔が再び襲来する、という可能性を。 もしかすると、恐怖から開放された人々は、それに気付きながらも無視していただけなの かもしれない。 そうでなければ、過ぎ去った破壊の嵐から立ち直る力を持つ事は出来なかったであろう。 ともあれ、鏖魔の去った世界は復興を始め、時間の経過は徐々に傷ついた世界と心を癒し ていった。 それから十五年――。 炎が街と世界を紅に染める。 全てを焼き尽くしてもなお燃え続ける地獄の炎にも似た紅蓮の奔流の中にあるのは、一つ の巨大な影。 半ばから折れた正面のビルに並ぶほどの大きさを持つ、限りなく人型に近く、だがどこか 決定的な差のある影は、まるで時間が止まってしまったかのように微動だにしない。 勢いの衰える気配の無い炎に照らし出された影が、その姿を現す。 獅子を思わせる黄金の鬣(たてがみ)を頂く頭部に、鍛え上げられた格闘家の肉体のよう に逞しい黒き四肢。 そして、鋼の身体に意志が宿っている事を証明するかのように輝く、紅の瞳。 「鏖魔戦争」と名付けられた十五年前の戦争後に解体されたメサイアの後に発足した組織 「メタル・ガーディアン」の開発した第三世代鋼騎「咬牙王(こうがおう)」の持つ紅の瞳 の向く方向は、炎に飲み込まれていく街でもなければ、眼下で群れを成すように積み重なっ た鎧鏖鬼の残骸でもない。 「…………人間どもが」 低く、何かを必死に抑えつけたような男の声が咬牙王から漏れる。 だが、その声を聞く者はいない。 「人間どもが」 間を置かず街に響く声と同時に、黒き獅子の右腕が持ち上がる。 鎧鏖鬼の装甲を打ち砕く為の細かな紋様が刻まれた拳が握られ、淡い青の光を放つ。 「人間どもが!」 三度目の声は、獅子の咆哮を思わせる叫びとなって放たれた。 そして、咆哮と共に黒獅子の拳は正面のビルに叩き付けられる。 青の光を纏った拳のぶつかる打撃音が、街の大気を震わせる。 しかし、その打撃音はビルの倒壊という結果を導く事は無かった。 咬牙王の拳は、ただの打撃とは異なる結果を生み出していた。 腕を下ろし、体勢を戻した咬牙王は頭部を動かし、周囲の様子を伺う。 そこに広がっていたのは、一面を厚い氷に覆われた極低温の世界であった。 街を飲み込んでいた炎は跡形も無く消え失せ、咬牙王の眼下にあった鎧鏖鬼の残骸は氷の 底にその姿を留めている。 そして、咬牙王が拳を打ち込んだビルや周囲の建造物は全て、その姿を巨大な氷柱へと変 えていた。 極限までに冷やされた大気が張り詰め、緊張と静謐に満ちた氷の街の中心に佇む黒き獅子は 空を見上げる。 自分の拳が天空の彼方にまで届いたのかを確かめるかのように。 あるいは、自分の手の届かない世界に諦観の眼差しを向けるかのように。 「静流……」 咬牙王から静かに零れた声が、凍りついた空気に溶ける。 「俺はもう二度と、君の所へは辿り着けない」 澄み切った大空の遥か彼方を見据えながら、鋼の獅子の独白は続く。 「だが、それでもいい。君を消し去った世界を、君のいない世界を終わりにできるのなら」 言葉の終わりと共に、咬牙王は視線を正面に戻す。 「鏖魔も、人間も、悠羽でさえも、全てが君への供物だ」 時間さえも凍りついたような街を背に、咬牙王は歩き出す。 その行く先を見届ける者は、誰もいなかった。 五年という時間が過ぎるまでは。 一瞬にも満たない意識のブラックアウトの後、最初に戻ったのは視覚だ。 自分の目線より背の低いビルのような建造物がいくつかある以外、見渡す限りの平原をク リアに捉える視覚を追うように自分の元へと還って来る感覚が、現在の状況を伝える。 現在地は東京湾上に造られた人工島「創世島」。 かつて人類の命運を背負った防衛組織、メサイアの本拠地にして、現在は世界各地にある メサイアの子とも言うべき対鏖魔機関の一つ、メタル・ガーディアンが置かれている場所で ある。 もっとも、地上は訓練場としての役割を果たしているにすぎないが。 『どうや悠羽(ゆう)、聞こえるか?』 感覚を取り戻したタイミングを見計らうようにかけられた声は、若い女性のものだが、そ の姿は視界には捉えられない。 彼女が遠く離れた場所、創世島の地下にあるメタル・ガーディアンの本部から通信機を通 してこちらに声を送っているために。 「はい、『パラディン』の起動は順調です」 澄み切った声で応える彼女、月守悠羽は、自分がアメリカ製第二世代鋼騎「パラディン」 への搭乗が正常に完了した事を示すように、右手を軽く上に掲げて五指を開いた。 鋼騎への搭乗は自身の全てを鋼の身体と合一するという事であり、「フェンサー」と呼ば れる搭乗者を得た鋼騎は、魂の宿った機械へとその姿を変える。 五感は各種センサーに、四肢はスケールアップした鋼の手足に。 「HMLS(Human and Machine Link System)」と称されるこのシステムは、脳と脊 髄を通してフェンサーの精神を鋼の身体に宿す、鎧鏖鬼と接近戦を行う事を前提として造ら れた鋼騎の操縦法として最適なものであり、一号機であるナイトから現在まで全ての機体に 採用されている。 『ごめんな、悠羽。ホンマやったら今日はアレの初起動になるはずやのに』 鋼の身体の感触を確かめるように軽く四肢を動かすパラディンに入る通信は、先ほどと同 じ女性のもの。 ナイトから続く騎士のイメージを崩さないデザインのパラディンは、大型・高出力を追及 した第二世代鋼騎らしく、見た目は初期の鋼騎よりも重厚で鈍重そうに見えるが、その印象 を裏切るスムーズで軽快な動作を見せる。 人間で例えるなら準備運動とでもいうべき一連の動作の中で、通信を続ける女性、篠原早 希(しのはらさき)の言葉が続く。 『それに、パラディンなんて古臭い男性型の鋼騎やし。せっかく悠羽が乗るんやから、第三 世代の女性型鋼騎を持って来いっちゅう話やねんけど』 『ウチにそんな予算ありゃしねぇぜ。というか、悠羽ちゃん元気?やっほー』 文句を言う早希に続いたのは悠羽ではなく、男性の声であった。 『この通信は映像無しか……ならば脱がせてもらう!』 『悠羽ちゃん! ああ! もう言う事が出てこないけど悠羽ちゃん!』 先に割り込んだ男性に負けじと、二人の男性が続く。 『やかましわ! アンタら人の通信に割り込んでる暇があったら手を動かさんかい、手を! 今日中にアレが仕上がらんかったら全員吊るすで!』 『はいはいっと。まったく、俺達だって悠羽ちゃんと話がしたいよなぁ』 『仕方ない、とりあえず脱ぐか』 『悠羽ちゃん……』 早希の怒号に、割り込んだ男性陣は不満そうに返事をこぼす。 続いて沸き起こる、複数の賛同の声。 それら全てを聞く悠羽は、小さな笑みを一つ。 「じゃあ、これが終わったら皆さんの所に顔を出しますね」 その一言に、通信機の向こう側から大歓声が沸き起こる。 『皆の衆、今の発言を聞いたか!?』 『歌え! 飲め! そして脱げ!』 『祭りだ! 祭りの準備だよみんな!』 まるで目の前で優勝が決定した瞬間の応援団のような騒ぎが、通信機越しに悠羽と早希の耳 へと殺到し、やがて歓声は爆発音を伴ったものに変わっていく。 『……アイツらは後で全員吊るす。それじゃ、パパっとやってしまうで』 未だ鳴り止まぬ歓喜の嵐を無視し、早希は悠羽への通信を再開する。 『といっても、今日はアレの起動テストの予定やったから、今更パラディンに乗ってもやる事 なんて無いんやけどね。ま、とりあえずの余興みたいなもんやし、気楽にな』 通信の終わりと同時に、パラディンの前にある地面、正確には地面に偽装した運搬用リフト がゆっくりと下がり、地下へと潜っていく。 それからしばらくの間を置いて地面が再び地上に戻ってきた時、パラディンの前に現れたの は一台の戦車であった。 鎧鏖鬼相手に対しては分が悪いとはいえ、未だ人類同士の戦争では前線で活躍する兵器であ る戦車は、その象徴ともいえる長大な砲塔をパラディンに向けたまま動かない。 『それじゃ、始めるで。準備はええか?』 「はい、いつでもいいですよ」 早希の問いに応える悠羽は数度呼吸を繰り返し、自らの精神を整える。 ――全ての力を、肉体と精神の隅々に行き渡らせる 体中の空気を全て入れ替えるような深い呼吸の中、悠羽は初めてこの呼吸を教わった時の言 葉を想い起こす。 悠羽にこの呼吸法を授けたのは、メタル・ガーディアンの頂点に立つ人物であり、彼女の育 ての親というべき存在である、真島烈。 彼は真島家に伝わる格闘術「真島流破鋼拳」の全てを悠羽に教え、彼女を一流のフェンサー に育て上げた。 全ては、兄のために。 ――兄さん 呼吸の合間に、悠羽は兄の姿を思い浮かべる。 五年前、咬牙王を駆り、当時現れた鏖魔を単独で滅ぼした兄、月守凌牙(りょうが)。 その強さと活躍から、人類の守護者、最強のフェンサーとして「勇者」と呼ばれていた彼の 存在は、実の妹である悠羽の誇りでもあった。 だが、勇者は五年前に愛機と共に姿を消した。 自分が守った世界と、妹である悠羽に対して牙を向けるという形で。 『いくで!』 早希の声が、悠羽を現実に引き戻す。 同時に来るのは、正面で待機していた戦車の砲撃。 訓練用のペイント弾ではない実弾での一撃は、圧倒的な速度でパラディンへと向かう。 狙いは胴体、人体を模した鋼騎の中で最も命中させやすい場所である。 対鏖魔の主力が鋼騎になったとはいえ、戦車や戦闘機といった従来の兵器もまた鏖魔の技術 を取り入れ、それ以前のものとは比較にならないほどの性能を有している。 今パラディンの前にいる戦車も例外ではなく、鋼騎の装甲をもってしても、直撃を受ければ ダメージは免れない。 ――大丈夫 迫り来る砲撃を前に、悠羽は何事も無いかのような落ち着いた感情で機体の右足を踏み出す。 全長約三十五メートルの巨人が踏み出す一歩は大きく、力強い。 「いきます!」 鋭い声を合図に、パラディンの背部のスラスターが一気に火を噴く。 鋼の巨体を地面からわずかに浮かせるほどの出力を持ったスラスターを使い、パラディンは 一瞬で最高速へ到達。 トップスピードのまま二歩目となる左足を地に着けたパラディンは、その足を軸に身体を時 計回りに回転させる。 直後、戦車に対し半身になったパラディンの傍を、戦車の砲が通過。 着弾の音と衝撃を背に感じつつ、トップスピードのまま回避に成功したパラディンは、身体 を一回転させて戦車に向き直ると、一直線に標的へと向かう。 跳ねるように戦車へと向かう白い鋼騎が標的の懐に飛び込むまで、間というほどの時間も必 要ではなかった。 パラディンの相手をしているのは訓練用のAIが搭載された無人戦車だが、仮にこのAIが 感情というものを持っていたとしたら、自分の持つ最高の攻撃を一瞬にして回避し反撃を行う 兵器に対し、どのような事を思ったのだろうか。 それは、地を駆ける鋼鉄の騎士に対する羨望か、あるいは圧倒的な性能差を見せ付けられた 事による嫉妬か。 「これで終わりです」 静かに、だが確かな力のこもった声が、訓練の終了を告げる。 悠羽の言葉通り、訓練はパラディンの勝利という形で幕を閉じた。 勝利の証となるのは、一瞬にして急停止をしたパラディンの、戦車を上から押さえつけるよ うに添えられた右手である。 実戦であれば、この戦車はとうに鉄屑になっている、その事実の証明として添えられた右手 をゆっくりと離したパラディンは、トップスピードからの急停止をした機体の状態を確かめる ように頭部を動かす。 『お疲れさん。どうや? そんなの相手じゃつまらんやろ?』 「いえ、ちょっと機体に無理をさせてしまいましたので、少し疲れました」 早希の通信に応える悠羽は、自身の言葉を強調するかのように、大きく息をつく。 『さすがやなあ。あんな動き、並のフェンサーにできるもんやないで』 早希の声に驚きの感情はほとんど含まれていないが、彼女の言葉通り、悠羽の見せた一瞬の 動きは、並のフェンサーでは到底出来る事の無いものであった。 鋼騎の操縦は、当然ながら一般人が容易にできるものではない。 精神を鋼の身体に宿すHMLSの恩恵で、フェンサーが意識すれば、それだけで歩く事も走 る事も出来る。 だが、慣れないフェンサーがそういった行動をとった場合、誰もが例外無く転倒という末路 に辿りつく事になる。 自分の動かしている手足の大きさが、人間のそれよりも遥かに大きなサイズである事を失念 しているために。 加えて、平均約三十メートルになる鋼騎の目からの視点は、それまでの距離感を狂わせ、鋼 騎での機動を更に難度の高いものにしている。 そのため、鋼騎への搭乗には訓練機での十分な鍛錬が必要不可欠であり、「歩く事が出来れ ば半人前、走る事が出来れば一人前」という言葉が、の間で共通の認識となっている。 『鋼騎の動作の中でも特に難しいと言われてるスラスター全開からの急制動、それを今みたい に完璧に出来るの、もっと胸張ってええんやで?』 自らの技量を過小評価している節のある悠羽に対し、早希は気遣いの中に多少の悪戯めいた 感情を含ませる。 彼女の言葉通り、悠羽が行った急制動は、言うまでも無く歩行や走行といった動作よりも遥 かに技量を必要とするものである。 HMLSによる操縦においては、背部スラスターなど、人体に備わっていない機能を駆使す る事も、手足の動作と同じくの意識で行われる。 どれだけの勢いで加速と減速をするのか、全てはフェンサーの意識が決めるのだ。 故に、具体的な意識のできない者は、暴走したように加速と停止を繰り返すか、全くスラス ターを使えないかの二択に陥ってしまう。 戦車という対象物に向かって距離感を誤る事無く完璧な加速と減速を行い、静止できた悠羽 の技量と身体能力は、それだけで一流と呼ぶに十分なものであった。 「そう言ってもらえると嬉しいです」 少し照れたような声で返事をする悠羽は、ゆっくりとパラディンの向きを変え、戦車の横に 寄り添うように立つ。 その直後、戦車が現れた時と同じように地面の姿をしたリフトが下がり、地下に潜っていく。 『そや、こっちに顔出すんやったら、アレを見ていく?』 灯りの無い地下への道を降りていく中、思い出したように早希からの通信が入る。 『悠羽の愛機になる最新型鋼騎、聖炎凰を』 完成間近の最新鋭鋼騎の名を口にする早希の声は、どこか誇らしい響きを含んでいた。 『ねぇ、凌牙』 濃霧に包まれたような意識の中にあって、常よりもなお鮮明に聞こえてくるのは女性の声。 『もしも……そう、もしもの話だけれど』 極限まで薄くされた極上の絹を思わせる、儚く消え入りそうな中にも美しさを含んだ声は、 意識の霧の中で、かすかな光を放つように紡ぎだされていく。 『私がいなくなったら、どうする?』 囁くような問いかけは、相手を試すというよりも、憂いを含んだものであった。 返事を待たず、女性の声は続く。 『私はね、凌牙。あなたが怖くなる時があるわ。どこまでも強くて、真っ直ぐで、優しいあ なたが、とても怖い』 女性の憂いは、言葉を紡ぐ毎にその色を深く、濃いものにしていく。 『あなたの周りには色々な人がいる。真島さん、ソフィアさん、大熊さんや整備班のみんな、 相馬先生。それに』 女性の言葉に、一呼吸分だけの間が置かれる。 『それに、何よりも悠羽ちゃんがいる』 自分が話しかけている相手にとって、唯一となってしまった肉親の存在を強調するように 言葉を出した彼女は、少しだけ声を強くする。 『凌牙と出会えて、今こうやって一緒にいる事が出来る。それは私にとって、すごく幸せな 事よ。でも、それがあなたにとって本当に幸せなのか、私には分からない』 女性の声に憂いと共に苦悩の色が加わる。 『私は、私の、天音静流(あまねしずる)という人間の存在が、あなたの中でどれだけ大き なものなのか知っているつもりでいる』 静流の声が、深く暗い深海に落ちていくように、静かに響く。 『だからこそ私はあなたが怖い。私がいなくなった後のあなたには、一体何が残るのだろう かと、いつも思ってしまう』 未だに意識の霧が晴れぬままの状態で、静流の独白は続く。 『自惚れた、狂った女の戯言だと思ってくれても構わない。でも、これだけは覚えておいて』 ここで言葉を止めた静流は、弱い吐息を数度繰り返す。 『少なくとも、私にとって凌牙はそれだけの存在だと言う事を』 月守凌牙の意識は、そこで現実に引き戻された。 急速に明瞭になっていく意識と同時に、胸の奥へと追い込まれていく無意識の映像、その 全てを凌牙は振り返る。 「静流」 小さく呟くのは、先ほどまで聞こえていた声の持ち主。 かつて、自分の全てを奪った上で全てを与え、再び全てを奪っていった、最愛の女性の名。 「お目覚めになられましたか、我らが新たなる王、月守凌牙様」 凌牙の思考を中断するように、鋭い声が響く。 声の方向を振り向いた凌牙を見下ろしているのは、白いスーツを着た一人の女性であった。 誰が見ても高級だと分かる白のパンツスーツを見事に着こなし、女性ながらネクタイを締 めたその姿は、彼女の持つ金のショートカットもあって、どこか中性的な美しさを漂わせて いる。 「目覚め……」 女性の言葉に違和感を覚えた凌牙は、改めて自分が今、どのような状態にあるのかを確認 し、すぐに理解した。 自分が今、ベッドで横になっている事実を認識したのだ。 それも、ただのベッドではない。 超高級ホテルでもお目にかかれないほどの豪華なベッドは、男性の中でも長身である凌牙 の身体を受け止めてもなお余りあるスペースを有し、十分以上の柔軟性を持つクッションが、 心地よい反動を与えてくれている。 更に言うならば、シーツに隠れている自分の身体に一切の衣類が付けられていない事にも 気がついたが、それを口には出さない。 自分の身を預けるベッドが過剰に豪華ならば、そのベッドが備えてある部屋もまた、それ に見合うだけのものであった。 個人の部屋としては贅沢すぎるスペースに存在するシャンデリア、家具や調度品、どれ一 つとっても法外な価値があると確信できるほどに繊細で美しい。 だが、豪華という言葉だけでは足りないほどの部屋の中に、唯一それに反するかのような 場所があった。 凌牙から見て右手一面に広がる窓、その先に広がる風景だけが、部屋の中とは全く異なる 色を放っていた。 その色は黒。 黒といっても夜の闇ではない、まるで色という色の存在を拒絶してしまったかのような黒 が、そこにはあった。 まるで窓の外に対してだけ視覚が働いていないかのように、その黒は何も映そうとしない。 「現在は空間の狭間を移動中のため、外の景色を見る事は出来ません」 窓の外を見る凌牙のためなのであろう、女性は先に回答を告げておくが、彼はそれに対す る返事をせずに、周囲を認識すべく視線を動かす。 部屋の中に数ある家具の一つ、壁にかかった鏡に自分の姿が映る。 攻撃的な鋭さを帯びた端整な顔立ち、男にしては少し長い黒髪と、それと同色の瞳。 かつて勇者と呼ばれた男、月守凌牙の顔であった。 「そうか、そうだったな」 ホテルというよりも、ヨーロッパの王族が過ごすためといった方が正確に思えるような部 屋を一通り見渡した凌牙の口から、納得したような声が漏れる。 だが、それは明らかに日常では有り得ない部屋に自分が寝ている事でも、先ほどの女性の 言葉に対する遅れた返事でもなく、自分が何故眠っていたのかに対してのものであった。 「どれくらい、眠っていた」 「人間の時間にして五年、といったところです」 ベッドから上体を起こした凌牙の言葉に、スーツ姿の女性は、その問いが来る事をあらか じめ知っていたかのような迷いの無さで即答する。 「五年か」 告げられた時間の長さを考えるように、凌牙は顔をわずかに俯かせるが、それも数秒の事 であった。 「準備は出来ているのか」 「全て万端です。私達も、咬牙王も」 顔を女性の方へと向けた凌牙の問いに、彼女はまたも即座に応える。 感情の込められていないその声と表情は、どこか機械を思わせる。 「申し遅れました。私、凌牙様の身辺を任されました鏖魔七将が一人、斬華(ざんか)と申 します。以後、凌牙様のお世話をさせていただく事になります」 やはり感情の伺えない声と表情で挨拶を済ませた女性、斬華は一礼。 その姿だけを見るならば、一流企業に勤めているエリート社員にも見える。 「なるほど、斬華か。相変わらずお前達鏖魔は物騒な名前ばかりだな」 斬華の名を聞いた凌牙は小さく苦笑した後、ベッドから完全に起き上がり、部屋の床に足 をつける。 当然の結果として、凌牙は一糸纏わぬ自分の肉体を斬華の前に曝け出す事になっているが、 彼はそんな事を全く意に介した様子も無い。 長身の肢体に必要最低限の筋肉だけをつけた身体は、限界まで鍛え上げたボクサーを更に 引き締めたような印象を与える。 ただ痩せているだけ、と見えない事も無いほどに無駄な肉の付いていない身体に、不思議 と凶暴なまでの力強さを感じるのは、実際に秘められた力より、凌牙自身が発する空気によ るものが大きいのであろう。 「服を寄越してくれ。着替えが済んだら奴の所に向かう。制御室にいるのだろう?」 「はい、終破(しゅうは)様でしたら制御室です」 即答しつつ、斬華は凌牙の要望に応えるべく衣装棚を開き、中に入っている服を見繕う。 「これでよろしいでしょうか」 ほどなくして斬華が凌牙に差し出したのは、黒のスーツであった。 返事をする前に差し出された服を受け取った凌牙は、幾分か不思議そうな眼差しを、スー ツと斬華のそれぞれに向ける。 「お気に召しませんでしたか?」 凌牙の視線に気付いた斬華の口から漏れる言葉に、わずかだが感情がこもる。 目の前にいる男の視線、その意味を図りかねるという困惑が。 「いや……気にするな」 「そうですか」 喉まで出かかった言葉を飲み込んだ凌牙は、続いて差し出された下着や黒のシャツなどを 受け取ると、それらを素早く身に付けていく。 もとより凌牙のために用意しておいたのであろう、彼が着るスーツは上下共、見事なまで にサイズが合っていた。 「一つ、よろしいですか」 着替えを終えた凌牙――革靴から上下、シャツに至るまで全てが黒で統一されているため に、黒ずくめである――に、斬華が静かに声をかける。 対する凌牙は無言で彼女へと視線を移す。 それを了承の合図だと認識した斬華が、再び口を開く。 「お目覚めになる前、何を見ておられたのですか」 問いに、凌牙の表情がわずかに強張る。 「なぜ、それが分かる」 「凌牙様の精神に揺らぎがありましたので。それがなければ、こうやって目覚めと同時に傍 にいる事はできませんでした」 斬華の言葉は、彼女が他人を精神を理解できるという、いわば超能力のようなものを扱え るという事を前提として進められているが、凌牙はそこに対しての言及はせず、代わりに彼 女に背を向けた。 窓の外に広がる、何も映さない黒を見ながら、凌牙は口を開く。 「斬華、お前は自分の全てを他人に委ねた事はあるか」 黒を見据えたまま、窓に映る斬華を見ながらの問いかけに、彼女は先ほどまでのように即 答をしない。 斬華は、背中越しに窓に映る凌牙の姿を見たまま、何かを考えるかのように形の良い眉を 顰(ひそ)める。 窓を通じて視線を通わせたまま、二人は動かない。 「そのような事、理解できません」 わずかな間の沈黙を破った斬華の言葉に、やはり感情は無い。 「そうか。ならばお前に話す事は何も無い」 斬華と同じく感情の無い言葉で返した凌牙は踵を返して彼女に向き直ると、そのまま部屋 を出るべく足を動かす。 若干早い凌牙の歩みに、自らの問いの答えを得られなかった斬華は不満を漏らす事も無く、 正確に彼の一歩後ろを付いて行く。 「行くぞ、どこまでもな」 ドアを開け、部屋を出る際に小さく漏らした凌牙の言葉は、斬華にさえ届かなかった。 リフトの終点は、広大な空間であった。 体育館をそのままスケールアップしたような空間は、全長三十五メートルのパラディンが 腕を伸ばしても届かないほどに高い天井から吊り下げられたいくつものクレーンと、鋼騎を 支えるためのハンガー、そして作業員が奏でる様々な音の存在によって、ここが「メタル・ ガーディアン」の鋼騎格納庫兼整備場であると主張している。 パラディンに先駆けて動き始めた戦車は、作業員の誘導に従って格納庫の奥へと移動して いく。 無事に戦車が所定の位置で停止した事を確認した悠羽は、足元に気を配りながらゆっくり と歩き、機体を自走式ハンガーへと収める。 今はハンガーが完全に寝た状態のため、それに収納されたパラディンの姿勢は、自然と仰 向けで横たわる形になる。 その姿は、まるで巨大なベッドに寝かされた巨人を連想させる。 数秒後、パラディンの胸部装甲が展開し、奥にあるコクピットが露出する。 その中から出てきたのは、一人の女性であった。 下は藍色のジーンズ、上は白いシャツにこげ茶色のフライトジャケットという、今まで鋼 騎に乗っていたと思えないラフな格好の女性は、背の中ほどまで伸ばした艶やかで癖の無い 艶やかな黒髪を揺らしながら、パラディンの上を軽く跳ねるような軽快な足取りで進んでい き、そのまま格納庫の床に着地する。 「悠羽、お疲れさんやったね」 見栄えの良い長身に、それに見合った細くしなやかで長い手足を持つ黒髪の女性は、わず かに幼さの残る端整な顔を正面に向ける。 そこに立っていたのは、茶色がかった髪をポニーテールにまとめた女性、篠原早希。 メカニックである事の証明であるかのような、汚れだらけのカーゴパンツに、同じく汚れ の目立つ緑のタンクトップを着た早希は、足早に悠羽の元へと歩み寄る。 「今日は無理言ってごめんな。聖炎凰の完成が遅れてるから、ちょっと予定が狂ってしまっ たんよ」 「大丈夫ですよ。気にしないで下さい」 早希の言葉に、悠羽は屈託の無い笑顔で返す。 汚れの無い純粋な笑みに、早希も釣られて笑みをこぼす。 「そうか、それやったらいいんやけどね。今日はこれからどうするんや?第二格納庫の方に 顔出す?」 「はい。皆さんの顔も見たいですから」 『それは俺達も同じだぜ、悠羽ちゃん!』 作業音を掻き消さんばかりの勢いで響いた大声は、悠羽の背後、パラディンの収まったハ ンガーの奥から聞こえた。 それを見計らったかのように、ハンガーが格納庫の奥へと移動し、悠羽達と声の主との間 から障害物が取り除かれる。 「おぉ! 本物の悠羽ちゃんだなぁ!」 悠羽の前に現れた三人の男、その中央に立つ中年の男性が、汚れだらけの顔に笑みを浮か べる。 「久しぶりの再会に……いや、これ以上脱ぐのはよそう」 中年の右側に立つ、なぜか上半身が裸の男は、ベルトにかけた手を止める。 「やっぱり本物は違いますね! そこにシビれる! あこがれるゥ!」 悠羽から見て左に立つ若い小柄な男は、飛び上がらんばかりの喜びを顔中に貼り付けてい る。 「みなさん、お久しぶりです」 三人の顔をそれぞれ見た後、悠羽は満面の笑みと共に言葉を返す。 その笑顔に、男達はそれぞれ照れたような表情を浮かべ、応える。 「松井さん、たまには家に帰ってあげて下さいね」 「悠羽ちゃんが娘なら毎日でも家に帰るんだがなぁ」 中年の男、松井はそう言って豪快に笑う。 「竹村さん、今日も暑そうですね」 「脱ぐのは男のたしなみだからな」 上半身裸の男、竹村は必要以上の筋肉で覆われた上半身を強調するかのように胸を張る。 「梅崎さん、お仕事には慣れましたか?」 「悠羽ちゃん! 僕はもう、君を見ているだけで……ああ!」 小柄な男、梅崎は勢い余って悠羽の元へ飛び込もうとするが、松井の腕に捕まる。 「うん、みんなが元気そうで良かったです」 それぞれと軽く言葉を交わした悠羽は、満足そうに頷く。 だが、悠羽の隣に立つ早希の表情は、満足とは無縁なものであった。 「そうやな、元気そうで何よりや……けどな」 無理矢理感情を抑えつつも、声に明確な怒気が滲み出ている事は、誰の目にも明らかで ある。 「あ、いや、早希ちゃんよ。これはその、なんというか」 「脱ぎはしないから、とりあえず落ち着こう」 「ちょ……これ、マズいんじゃ」 それに気付いた三人が慌てて取り繕おうとするが、うまくまとまらない言葉は早希に届 かない。 「あんたらこの大事な時に何を持ち場離れてフラフラしとるんや! 聖炎凰の完成がこれ 以上遅れたら、三人ともタマ握り潰すで!」 早希の怒号に、周囲の作業員も驚きの表情を浮かべる。 ただ、悠羽だけは口元に微笑を浮かべたまま事の成り行きを見守っているが。 彼女の咆哮の対象となった三人は返事もせず、一目散に作業場へと走り去っていく。 「まったく、悠羽の事になると見境無いんやから。まぁ、今日は大熊さんがおらんだけマ シやけど」 三人の背中を見ながら、早希は大きくため息を一つ。 「ふふっ、早希さんも元気そうで何よりです。そういえば、大熊さんは?」 一部始終を見届けた悠羽は、姿の見えないこの場の主、大熊鉄男の姿が見えない事に気 付き、疑問を早希に投げかける。 「大熊さんは外に出てるよ」 パラディンが固定されたハンガーの角度が上がり、主の無い巨人が直立に近い姿になっ ていく様子を見ながら、早希は応える。 「なんでも、今度自衛隊で配備される新型鋼騎の……何やったかな? とりあえず会議み たいなんに出席してるよ。技術屋代表として」 言葉と共にパラディンの様子をしばらく観察していた早希は、視線を悠羽へと戻す。 そして、静かに口を開く。 「知ってるやろ? もうすぐ鏖魔が五年ぶりにこっち側にやって来るんや。だからこその 新型配備なんやろうけど」 その言葉に、悠羽の表情から微笑が消え失せる。 悠羽からの返事が無いまま、早希は言葉を続ける。 「鏖魔が創世島上空に開けた次元の穴、『魔界穴(まかいけつ)』が、五年前と同じくら いに広がってる。要は一触即発って事や……でも」 言葉の終わりと共に、早希は悠羽へ新たな感情の入った視線を向ける。 謝罪、憐憫、躊躇、それらが入り混じった瞳を向け、早希は問う。 「でも、悠羽はそれで大丈夫か?今更やけど、鋼騎に乗って鏖魔と戦う事、ホンマに大丈 夫なんか?」 問いに、悠羽は答えない。 ただ、真っ直ぐな瞳を早希に向けている。 「もし乗るのが辛いんやったら、言ってもええんやで。もう昔とは違うんやから、悠羽が 無理して戦わんでも、世界中に鋼騎の戦力は整ってる。聖炎凰かて、『機結陣』抜きで他 の誰かに乗せたって」 「大丈夫ですよ」 早希の言葉を途中で遮った悠羽の声には、確かな力強さがあった。 「心配してくれてありがとうございます。でも、私は大丈夫です。鋼騎に乗って鏖魔と戦 う事を決めたのは私自身の意志です。それに」 悠羽の瞳にこもる力が強くなる。 「兄さんに、もう一度会えるかもしれません。静流さんを失って変わってしまった兄さん に、もう一度変わってもらいたい、そう思っていますから」 「……そっか。それやったら、もうウチは止めへんよ」 悠羽の言葉に迷いが無いと確信した早希は、それ以上何も言うべき事が無かった。 五年前、全てに敵対すると宣言し、咬牙王と共に姿を消した男、月守凌牙は、勇者であ る以前に悠羽の兄なのだ。 例えどんな形であろうとも、兄との再会を望む悠羽の声を拒む権利は、早希の中のどこ を探した所で存在しない。 「ほな、聖炎凰はウチらに任せて、悠羽は自分の所に戻り。身体動かしたから腹減ってる やろ?ソフィアさんのご飯食べてる間に、何とかなればいいんやけどね」 悠羽の想いを受け取った早希は、努めて明るい声を出すと、悠羽の肩を軽く叩く。 「はい。それでは、聖炎凰の事、よろしくお願いします」 最後に一礼し、悠羽は格納庫を去っていく。 敵と分かっている兄を追う、過酷な運命を背負ったその背中を、早希は黙って見送った。 「ここが制御室か」 眼前の、一際大きな木製の扉に手をかけた凌牙が静かに呟く。 「はい、その扉の奥で終破様お待ちです」 抑揚の無い声でそれに応えるのは、白いスーツ姿の女性、斬華。 彼女は凌牙の影であるかのように、常に彼の一歩後を付いてきている、 「そうか。……ところで斬華」 「何でしょうか」 扉を開ける動きを止めた凌牙は、顔だけを彼女へと向ける。 「この内装、どういった意図がある」 「製作者の趣向が色濃く反映されていると思われます」 斬華の応えを得た凌牙は、改めて自分が今まで来た道を振り返る。 王族の私室を思わせる内装であった部屋と同じく、この制御室に至るまでの通路もまた、 豪奢に過ぎるものであった。 どこまでも続く直線で構成された通路には赤い絨毯がひかれ、壁や天井は白く美しい大 理石のような素材で出来ている。 脇のところどころ置かれた様々な彫刻もあり、通路はまさに御伽噺に出てくる王宮の廊 下を具現化したような姿を見せている。 「なるほどな」 それ以上を聞こうとはしない凌牙は手に力を込め、扉を開ける。 見た目の重厚さを裏切り、木製の扉は音も無く静かに開き、凌牙達を迎え入れる。 その奥に広がっていたのは、王宮と呼ぶのに最も相応しく、かつ絶対に必要なものであ る王者の空間、謁見の間であった。 「やあ、ようやくお目覚め、って所かな」 聞こえてきた声は、凌牙の正面およそ五十メートルほど先からのもの。 そこにあるのは、下界を見下ろすかのように数段上に作られた王者のための場所、玉座。 そして、暴君も名君も等しく受け止める玉座に座っているのは、斬華と同じ白のスーツ を着た一人の男性。 見た目だけで判断するなら、年齢は二十歳に満たないであろう、まだ「少年」という言 葉が似合いそうな男は邪気の無い笑みを浮かべると、軽く挨拶をするように右手を振る。 だが、彼に返ってきたのは挨拶ではなかった。 「終破様がそこに座る事は許されておりません。そこに座る事が出来るのは、王である凌 牙様だけです」 「ははっ、斬華は厳しいね。まぁ、確かにその通りか」 斬華の指摘に終破は悪びれた様子も無く玉座から立ち上がり、凌牙達の所へと歩み寄る。 「やぁ、月守凌牙。五年ぶりだね。気分はどうだい?」 見た目と不釣合いな白のスーツを着た終破は、長身の凌牙を見上げる形で言葉をかける。 「久しぶりだな、終破。俺が眠っていた五年の間、随分と色々やっているな」 五年ぶりに再会した鏖魔に、凌牙は苦笑と共に言葉を交わす。 「城のような内装に、このスーツ、お前の仕業だろう」 「あちらの世界の文化を模倣してみたのさ。なかなか良いだろう?」 「模倣をするなら、もう少し対象を選べ。城にスーツでは滑稽だ」 「やれやれ、君は注文が多い」 続けざまに放たれる凌牙の言葉に、終破は大袈裟に肩をすくめる。 「五年前、君はここを『殺風景な場所だ』と言っていたじゃないか。だからこそ、君が寝 ている間にこうやって変えておいたというのに」 「なら、次からは他人の意見を取り入れてから行うようにしろ。……まぁいい」 これ以上の会話が無駄だと悟った凌牙は、先ほど終破が来た道を辿るように歩き始め、 その先にある玉座へと腰を下ろす。 同時に、王者のための場へと当然のように腰を下ろした凌牙に寄り添うように、斬華が 静かに立つ。 その姿は、若き王とその側近を連想させるには十分すぎるものであった。 「玉座に座る姿も似合ってるじゃないか。さすが、僕らの新しい王だね」 手を叩き、満足そうな表情を浮かべる終破は玉座へと近づき、新たなる王である凌牙の 前に立つ。 「で、これからどうするんだい?皇魔(おうま)、月守凌牙は」 玉座の王に対して人間のように跪かず、立って友好的な笑みを浮かべたままの問いは、 鏖魔にそのような作法が存在しないからか、あるいは終破という鏖魔の性格によるものか。 「人間の殲滅はお前達に任せる。残る鏖魔や鎧鏖鬼を好きに使って構わん」 自分を見下ろす形となった終破に指示を出す凌牙の姿には、既に王者としての風格が備 わり始めている。 「では、凌牙様はどうされるのですか」 即座に疑問をぶつけたのは、問いを放った終破ではなく、凌牙の横に立つ斬華であった。 ただ、疑問を口にした斬華ではあるが、その声や表情は平素と何も変わらない。 「俺は少し身体を慣らす。まだこの肉体が完全に自分のものだと思えん」 玉座に座ったまま、凌牙は自分の右手を何度か握っては開く。 それは、かつて数多くの鏖魔を滅ぼし、「勇者」と呼ばれる功績の大半を生み出した右 手であった。 ――まだ完全には程遠いか 「自慢の右手が心配そうだね」 右手に宿る感触に一つの結論を導き出した凌牙に、終破の声が頭上から降り注ぐ。 「まあな。今のままでは、全力で戦う事などできん」 終破の言葉を肯定しつつ玉座から立ち上がった凌牙は、終破を見下ろし、ゆっくりと口 を開く。 「今なら、俺を殺せるかもしれんぞ」 言葉と共に、凌牙は目覚めてから初めて明確な笑みを見せた。 牙を剥き出しにした猛獣のような、獰猛な笑みを。 笑みの先にいる終破は、動かない。 正確には、動けないのだ。 言葉の代わりに終破は息を呑み、思考する。 間違い無く、目覚めたばかりの凌牙に五年前の力はまだ無い。 だが、終破はそれでも思い出さずにはいられない。 あの時に見た、圧倒的なまでの力を。 五年前、人類の勇者が見せた力は、文字通り全てを滅ぼす力であった。 「鏖(みなごろし)」の字を名に持つ鏖魔でさえ、彼のような破壊は出来ない。 そして、勇者は「皇魔」をも滅ぼし、新たなる王として目の前に立っている。 「君は酷い。そうやって僕を試そうとする」 ようやく言葉を紡いだ終破は、降参を示すジェスチャーとして両手を挙げる。 それが、終破の出した結論であった。 「単に試した、という訳でもないのだがな」 結論を見届けた凌牙は笑みを消し、表情を失った顔を見せる。 終破はその顔に、わずかばかりだが残念そうな様子が見えたような気がしたが、それは 思い違いだと自分に言い聞かせる。 「どちらにしても、僕達は皇魔である君の臣下なんだ。主に刃向うような事はしないよ」 「終破様の言う通りです。私達は決して凌牙様を裏切る事はありません」 早くこの空気を変えたいという想いからか、不自然なまでにおどけた口調で話す終破に、 斬華の言葉が続く。 「そうか」 二人の臣下に対し、簡潔極まりない応えを返した凌牙は足を動かし、終破の横を通り過 ぎる。 「では、今から始めるとしよう。全てを滅ぼすために」 玉座を離れ、歩き始める皇魔に、二人の臣下が後に続く。 「凌牙様、どこに向かわれるのですか」 「五年ぶりに目覚めたのだ。挨拶くらいは、な」 謁見の間を後にした凌牙の顔には、再び獰猛な笑みが貼り付いていた。 東京湾上に造られた人口島、「創世島」の地下に本部を置く、日本の対鏖魔組織「メタ ル・ガーディアン」。 二十年前、人類がその力を結集して創り上げた初の対鏖魔組織「メサイア」の本部が置 かれていた場所をそのまま使用しているメタル・ガーディアンの内部は、人類の英知の集 合体といっても過言ではない。 その本部の中で最重要な場所である司令部は、鋼騎に乗って戦うフェンサーと共に鏖魔 との戦いを繰り広げた、いわばもう一つの戦場である。 そして今、その司令部にいる二人の男は、短いながらも激しい鏖魔との戦いの歴史とは 全く無関係な戦いを繰り広げていた。 「よぅし、これで俺の勝ち……っと」 入り口が最も高く、そこを基点にデスクが段になって続いている、劇場に似た構造の司 令部の中、入り口に近いデスクを挟んで向かい合う二人の男の内、入り口に背を向けた方 が喜びの声と共に手を差し出す。 若い、という言葉がそろそろ厳しくなってきた顔に、純粋さが微塵も無い笑みを浮かべ た男は、ネクタイを締めないラフなスーツ姿で、向かい側に座るもう一人の男を見る。 「相変わらず、運だけは良い奴だ。もっとも、それと腕力が無ければ骨と皮さえも残らな いのがお前の魅力だよ」 銀のフレームの四角い眼鏡の位置を直しながら愚痴をこぼすのは、白いワイシャツの上 に白衣を着た痩身の男。 「相変わらず口だけは達者だな、和彦。けどよ、負けた事実を認めて、出すもんは出して くれないと困るんだとなぁ」 眼前の相手と違い、きっちりとネクタイを締めた男、相馬和彦は、理性的で整った顔を わずかにゆがめると、ズボンから取り出した黒い財布から千円札を一枚取り出す。 「どうぞ受け取れ腐れ外道」 「医者の癖に口が悪いな、お前は」 「俺が優しくするのは患者か女性だけだ」 「嘘つけ。この前俺が腹痛になった時、わざわざ便所の水を用意したのはどこのどいつだ」 「お前は患者でも女性でもない、真島烈という名の……そう、新種の菌類だな」 「人間ですらねぇのかよ」 抗議の声を無視し、和彦は両者の間に詰まれたトランプの小さな山をまとめ、慣れた手 つきでシャッフルする。 「しかし、組織の長たる男が昼間から人を呼びつけてトランプ遊びに興じるとはな。しか も金銭を賭けて」 手の内でトランプを繰りながら、和彦はため息混じりの言葉を放つが、眼前の真島烈は 変わらず笑みを浮かべたままである。 「たまには暇な日もあるってもんよ。それに、お前だって一緒になって金賭けてるじゃね えか。しかも、今の所お前が勝ち越してやがる」 「お前には負けん」 自分と相手の手元にそれぞれ五枚のトランプを伏せたまま配った和彦は、残った山を脇 にどける。 「こんな日に鉄男は会議だかなんだかで外出なんだよなあ。せっかくアイツからカモれる チャンスだってのに」 「仕事だ、仕方ないだろう。奴をカモにしたい気持ちは同じだが」 「仕事たって、自衛隊やら在日米軍なんぞに手を貸してやるのは気に食わねぇな。五年前、 何の手助けもしてくれなかった連中が、戦いが終わった途端に仲間面しやがって」 「そう愚痴るな。逆に考えれば、五年前の功績があったからこそ、俺達は今もこうやって ある程度の自由を許されている。一応は公的機関であるにも関わらずな」 会話を進めながら、二人は自らの手元にある五枚の手札に目を通す。 直後、手札を見る烈の笑顔が引きつる。 対する和彦の顔には、安堵の笑み。 「……てめぇ」 「自分の手が悪いからといって、すぐに人を疑うな。では、出すぞ」 和彦の声を合図に、二人は互いの手札を表にして場に広げる。 烈の手札は、ハートの二、スペードの三、ダイヤの二、スペードの五、ハートの七。 和彦の手札は、ダイヤの五、ハートの五、クラブの七、ハートの八、クラブの十。 「十九対三十五、差は十六だな」 和彦の落ち着いた声が、結果を伝える。 「さあ、千六百円払ってもらおう」 勝者の笑みを見せる和彦が、勝利の報酬を受け取るべく烈に手を差し出す。 二人が行っているゲームは、ただ五枚のトランプに書かれた数字の総数の大小を競うだ けというひどく単純なものであった。 ゲームの結果、敗者は勝者に対し、互いの数字の差に百円をかけた金額を支払う。 大の大人が興じるには単純すぎる内容のゲームではあるが、その背景には、ここまで単 純化しない限り、イカサマ合戦になってしまうという過去があるためだ。 「てめぇ、ロクな死に方しねえぞ」 「安心しろ。何があろうとお前の前では死なん」 渋い顔の烈が財布を取り出し、負けた分の金額を和彦に渡す。 「よし、続きだ。続きをやろうぜ和彦」 「……いや、俺は遠慮しておく」 今の負けを取り返そうと燃える烈とは対照的に、和彦は手にした報酬を財布にしまうと、 何かから逃げるように席を立つ。 「あ!? 逃げるのかこの野郎!」 「烈、お前はもう少し冷静になれ」 突然の中断に対して声を荒げる烈に、和彦は声を潜めて囁くように言葉を返す。 だが、烈の勢いは止まらない。 「何が冷静だこの悪徳医師め! この俺から金を巻き上げるだけ巻き上げてトンズラこい て、この先ここで生きて行けると」 「『思うなよクソ野郎が』って続くのかしら、こういった場合は」 熱が上がる一方の烈の言葉を継いだのは、弾むように響く女性の声であった。 驚愕に目を見開いた烈は、振り向かなくとも分かる相手を視界に収めるべく、恐る恐る 身体を反転させる。 そこには、烈が予想していたのと寸分も違わない人物が、予想と寸分も違わない表情で 椅子に座る自分を見下ろしていた。 「よ、よぉソフィア。悠羽に飯作りに行ってたんじゃなかったのか?」 「もうとっくに終わっちゃってるわよ。今頃悠羽は部屋で昼寝してるんじゃない?」 純白のワンピースを身に着け、優しげな笑みを口元に浮かべながら烈を見下ろす女性、 ソフィアは、その名前とは裏腹に淀みの無い日本語を操り、指先でシャギーの掛かったセ ミロングの柔らかな金髪を弄りながら言葉を紡ぐ。 青い瞳に、口元とは正反対の凍えるような光を帯びたまま。 「そ、そうか。そいつは良かった。じゃ、俺達も今日は昼寝と」 「夫婦の誓い第十三条、賭け事は夜が更けてから」 無理矢理引き出した笑顔をソフィアに向けつつも、机に散らばったトランプを高速で片 付ける烈の言葉を遮った彼女は、氷の瞳を向けたまま言葉を続ける。 「司令官ともあろう人間が日の出ている内から賭け事に興じ、挙句の果てに負けるなんて、 一体どういう了見かしら?そこの所、説明願える?」 穏やかで優しげに聞こえる言葉だが、その裏に秘められているのは脅迫にもにた圧力で ある。 「あぁ、まぁ、なんつうか」 「ジャスコォォォォォォォ!!」 圧力に耐えかねたかのように口を開きかけた烈の言葉を再度遮ったのは、叫びと共に繰 り出されたソフィアの踵落としであった。 ソフィアの白い踵が烈の頭頂部に落とされる、鈍い衝撃音。 「夫婦の誓い第三条、言い訳はしない。ま、お仕置きはこれでお終いにしといてあげる」 痛みでうずくまる烈を見下ろすソフィアの瞳から、氷の輝きがなくなる。 代わりに、彼女の表情は悪戯をする子供に対する方法を決めあぐねる母親のようなもの になる。 「まったく、どうして弱いくせに賭け事ばかりやるのかしら」 「強い弱いの問題じゃねぇ。好きか嫌いかの問題だ……で、ソフィア。いつもいつも言っ てるが、お前のアレは恐らく『チェスト』の間違いだ」 目に涙を浮かべる烈は右手で頭をさすりながら何度目になるか分からない指摘をするが、 ソフィアはやはり何度目になるか分からない、不思議そうな顔で見返す。 「私もいつもいつも言ってるけど、これは義父様が『ジャスコで間違い無い』って言って 下さったのよ?」 「だからそれは、あのジジイが嘘を……あぁ、もういい」 ソフィアに真っ赤な嘘を吹き込んだ実の父、真島剛の姿を浮かべた烈は、いつもの会話 の応酬を中断して立ち上がり、彼女の横に立つ。 「ちっ、和彦の野郎いつの間にか逃げてやがる」 立ち上がり、周囲を確認した烈は、既に室内に姿の無い和彦に向かって舌打ちをすると、 ソフィアに真剣な顔を向ける。 「で、お前がわざわざ来たって事は、そういう事だよな?」 「まあね。こんな所で遊んでいるあなたの代わりに、私が全ての報告を受けておいたわ」 烈と同様に表情を引き締めるソフィアは、無機質な司令室の天井を見上げる。 「あの空に開いた穴、魔界穴が完全に開いたそうよ」 事実を淡々と告げたソフィアは、青の瞳を烈に向ける。 「鏖魔との戦いが始まれば、きっと凌牙もどこかに現れる」 「あいつと咬牙王が消えてから五年か。どこで何をしているのかは知らねぇが、奴は来る だろうな……俺達を殺しに」 烈の言葉に、ソフィアは瞳を逸らす。 「なあソフィア、今更する話でもないが、あの時、俺達の決断が違っていれば、状況は今 と違っていたのかもな」 ソフィアは応えない。 代わりに応えたのは、部屋の空気を引き裂くかのような大音量で響く、甲高い電子音。 二十年前から変わらない、鏖魔襲来を知らせる警報の音であった。 「ついに来やがったか」 警報音にかき消されそうな小さい声で呟いた烈は、警報と同時に映像を映し出した正面 のモニターを睨みつける。 そこに映し出されていたのは、空に浮かぶ巨大な一つの影。 それは、五年ぶりに姿を現す、人間側が「鏖魔城」と呼ぶ、剣を横に倒したようなシル エットを持つ鏖魔の空中戦艦にして本拠地であった。 突如響いた警報音に、悠羽はベッドから飛び起きた。 五年前に幾度も聞いた警報音は忘れようが無い。 「鏖魔が……来た」 壁に掛かったフライトジャケットを乱暴に掴んだ悠羽は、弾かれたように部屋を飛び出 すと、長い手足を全力で動かしてメタル・ガーディアン本部の廊下を駆ける。 目指す先は悠羽が乗るべき鋼騎のある格納庫。 この日のために、彼女は訓練を重ねてきたのだ。 ――兄さん 何人かとすれ違いながら廊下を疾走する悠羽の胸には、初の鏖魔との実戦を前にした緊 張や不安よりも、高揚感にも似た一種の感情が生まれつつあった。 それは、兄との再会への淡い期待。 かつての勇者、月守凌牙は五年前に人類の殲滅を宣言し行方不明となったが、それでも 悠羽にとって凌牙はたった一人の兄に変わりは無い。 故に、彼女は心のどこかで期待を捨てきれずにいる。 鏖魔が再び現れた時、凌牙は咬牙王と共に再び人類のために戦ってくれるであろうと。 「早希さん! 私が出ます!」 「……悠羽!? こっちに来たらアカン!」 格納庫に到着すると同時に姿の見えた姿に向かって叫ぶ悠羽に、早希は必死に懇願する かのように手を振って叫びを返す。 その叫びの奥から聞こえるのは、通信機を通していると分かる男性の声であった。 『ならば改めて宣言しよう』 聞こえてきた声に、悠羽の動きと表情が止まる。 「兄、さん……?」 通信機越しに聞こえる声に、悠羽は胸の中に抱いていた希望が崩れていく音を感じなが ら、早希の制止も聞かずに格納庫の中で人ごみが出来ている場所へと駆け寄る。 作業を忘れた人ごみの視線が集まる先にあるのは、壁にかかったディスプレイであった。 主に他の部署との連絡に使う、家庭用のテレビと同じようなサイズのディスプレイに映 し出されているのは、黒のスーツを着た一人の男。 『皇魔、月守凌牙は天音静流の命を奪った人類、その全てを滅ぼす。この身体に流れる黒 き血に誓って』 それは悠羽にとって、五年ぶりになる兄との、最悪の再会であった。 第一話 かつて勇者と呼ばれた男