「私が、この化物をやっつける!」 詩音の身を案じ、自転車で街を疾走する衛人は、確かに聞いた。 突如現れた竜の姿をした機体から発せられる、幼馴染の声を。 「詩音、なのか……?」 何をどうすれば、あのような機械から自分の良く知る少女の声が聞こえるのか、衛 人の想像は、詩音と焔竜機の出会いには届かない もしかしたら、詩音を想うあまり、見知らぬ女性の声を都合よく解釈しているだけ ではないのか。 事の真偽を確かめたい気持ちが衛人の中で一気に高まるが、それが叶うより前に、 鋼の竜は衛人に背を向け、遠くへと飛び去ってしまった。 それに続き、銀の巨体もまた、衛人から遠ざかっていく。 残されたのは、破壊し尽くされた街と、その街を更に破壊するべく燃え続ける炎。 弾圧球人が最初に降り立った地点であるこの場に留まっている人間はいないため、 破壊の中心にありながら静寂を感じる街の中を、衛人は自転車で移動する。 目的地が創世島である事に変わりは無いが、衛人の足はそちらへと素直には向か ない。 ――やっぱり、今のは そんな事は無い、そう思いながら、耳に残って離れないのは先ほどの声。 衛人の知る限り、詩音があのような機体に乗って戦うなど、想像もつかない。 だが、どれだけ頭で否定しようとも、自分の心を納得させる事など、出来はしない。 「くそっ!」 粘着質の水に囚われたかのような不快感が、無視できないほどに大きくなっていく。 「こうなったら、あの中を確かめてやる」 創世島に向けていたハンドルを逆方向に向けた衛人が新たな目的地に設定したのは、 詩音の声を乗せた竜が出てきた場所。 既に天井を失い、巨大な鋼の壁と化した輸送機の残骸であった。 輸送機の周辺は破壊の度合いが強く、自転車での走行が不可能だと判断した衛人は、 手近な壁に自転車を立てかけ、徒歩で目的地を目指す。 自転車に比べて格段に速度の落ちる徒歩での移動は、衛人の視界に、嫌でも破壊の 痕跡を焼き付ける。 いつか物語の中で見た、終末戦争の光景よりも救いの無い、炎と瓦礫に包まれた世 界の中を、自分の足で踏みしめて歩く衛人は、ここにきてようやく両親を思い出し、 彼らの安否を意識する。 普段通り、家業である酒屋を切り盛りしていたであろう両親は無事だろうか。 衛人は何箇所も破れたズボンのポケットから携帯電話を取り出すが、瓦礫の山に下 敷きになった際に壊れてしまったのであろう、ひびの入ったディスプレイは何も映し 出してはくれない。 それでも何度かボタンを操作し、やはり反応が無い携帯を元に戻した衛人は足を止 めて後ろを振り返り、自分の家がある方へと視線を向ける。 限定的な範囲で現出させた夜の中に生まれた弾圧球人の破壊は、その中でも更に限 定された範囲を中心に行われているらしく、遠くから見た限り、衛人の家がある付近 は、まだ多くの部分が原形を留めたまま残っている。 その様子を両親の無事と解釈して自分の心に簡単な決着をつけた衛人は前を向き、 もう一つの疑問に決着をつけるべく、輸送機の残骸に足を踏み入れる。 炎に照らされ、墜落の衝撃で破壊された無機質な内装がわずかに映し出された輸送 機の死骸の中にいたのは、 「おねえちゃん、がんばって」 鋼の竜が飛んで行った方へと視線を固定する幼い少女。 小さな両手を力いっぱい握りしめ、祈るような瞳を彼方へ向け続ける少女は、果た して詩音の事を知っているのであろうか。 そう疑問に思った衛人が、少女に事の次第を問うよりも早く、それ以上に大きな衝 撃が彼を襲う。 「なんなんだ……あれ」 衛人の声は、彼に気付かず、ただただ視線を固定する少女の奥にあるモノに向けら れたものであった。 巨大な紅の月と、街を燃やしつくす炎に照らされ、闇の中でわずかにその存在を主 張しているのは、巨大な狼の姿を模した、深い青の色を持つ鋼の巨体。 各所に施された固定具で動きを封じられたその姿は、あまりの強大さゆえ、神々に 動きを封じられた神話上の狼、フェンリルを彷彿とさせる。 「鋼騎、なのか」 鋼の狼が、どうやら人類の手による人工物であるようだと認識し始めた衛人は、そ の詳細を探るべく、足を前へと踏み出す。 「だれ?」 鋼の狼に意識を奪われていた衛人の耳に不意に届くのは、幼い少女の声。 「俺は三島衛人。チビはここで何をしてる?」 「ちびじゃないよ、まきだよ」 衛人の雑な挨拶に気分を害したのか、声に棘を含ませて名乗った少女、まきは、目 の前の男の来ている服が、詩音の服と似ている事に気付く。 「えーとは、しおんのともだち?」 「詩音……って言ったのか!? おいチビ、あのデカイのに乗ってるのは、詩音なん だな!」 「えーと、いたい!」 まきが口にした名に反応し、衛人は思わず力を込めて彼女の小さな肩を掴んでしまっ た事に気付き、ごめん、と口に出して手を離す。 「教えてくれチビ。あの赤い竜みたいなのに乗ってたのは、『しおん』って名前の女 なのか?」 「だから、ちびじゃなくて、まきなの!」 唇を尖らして二度目の主張をするまきは首を縦に降り、衛人の言葉を肯定する。 「おねえちゃんは、まきの『ゆうしゃ』なんだよ。わるいやつをやっつけて、ママを よんできてくれるの」 「……」 まきの言葉を、衛人はゆっくりと飲み込み、その意味を自分の中に落とし込む。 それからしばらく考えた衛人は、自分の中での答えを見つけ、自分が見た竜の姿と、 そこから聞こえてきた声へと結びつける。 ――無茶しやがって まきの話を聞き、あの竜を動かしているのが詩音だと確信した衛人は、彼女を突き 動かす力の源に思い至る。 『パパやママみたいな、立派な人になりたいな』 時折詩音が口にする言葉が、衛人の胸に浮かびあがる。 それは、「勇者」と呼ばれた両親の娘である自分は一体何を成せるというのだろう か、と人知れず苦悩している詩音の内心の表れた言葉であった。 普段はそんな事を全く感じさせないが、人類の救世主を両親に持つ彼女にとっては、 やはりそれが重荷に感じる事もあるのだろう。 ――お前はもう、十分立派な人間だよ 一人の少女のために、今まで触れた事も無い鋼騎に乗って、正体の分からない人外 の異形に立ち向かう。 ――それが勇者なくて、何なんだ 普段からは想像できない、詩音の強い意志の片鱗を感じ取った衛人は、竜となった 彼女が飛び去った方向を見て、彼女が目指す目的地を推測する。 ――きっと、海沿いの開発地だ ここからそう遠くなく、周囲に被害の及ぶ心配の無い場所は、そう多くない。 ――よし 「えーと?」 「チビ、お前はここで待ってろ」 自分の中で結論を導き出した衛人は、まきの返事も聞かずに走り出す。 命の輝きが宿るのを待つ、鋼の狼の元へと。 「待ってろ詩音」 周囲の光に照らされ、焔竜機と同じく、キャノピーのような造りになった頭部の装 甲が開いている事に気付いた衛人は、そこに辿り着くべく、傷が痛む身体を懸命に動 かし、装甲をよじ登っていく。 「今、助けに行くからな」 練呼法で身体能力を向上させていた詩音とは違い、あくまで普通の人間としての力 を駆使するしかない衛人の動きは、決して早いものではない。 時折落ちそうになりながらも、衛人は必死にもがき、地上から自分の身体を引き離 していく。 『いいか衛人』 筋肉が限界を迎えそうになりながらも少しずつ進んでいく衛人の脳裏に浮かぶのは、 いつか聞いた父の言葉。 『衛人、という名前はな。お前が大切な人を衛(まも)る事が出来るようにと、そう 思って俺が名付けたんだ』 祖父の代から続く酒屋を切り盛りする父の逞しい手が、まだ幼かった衛人の頭を力 強く掻きまわす。 『何も世界中の人間を守れって訳じゃない。たった一人でもいい。お前が本当に大切 だと思う人を守る事が出来る人間になれれば、それでいいんだ』 ――親父 その言葉を聞いた幼い日の衛人には、父の言っている事が理解できなかった。 だが、今は違う。 ――俺、本当に守りたい人がいるんだ 無事を願う父に、内心で想いを伝える衛人が思い浮かべるのは、一人の少女。 母親の見た目を強く受け継ぎ、まるで白人のような容姿を有する少女を初めて見た のは、小学校の入学式であった。 あの日感じた胸の高鳴りと全身を焦がす熱は、時間が経つにつれて増していった。 今、こうやって自分の身体を投げ出すほどに。 全身を流れ落ちる汗が装甲を伝い、滴となって床に落ちる頃、ついに目的の場所に 到着した衛人は、やはり焔竜機と同じ構造になっている内部に入りこむと、そのまま 躊躇う事無く金属の箱の中で仰向けになる。 そして、衛人を飲み込んだ鋼の狼から、小さな電子音が発せられる同時に装甲が閉 じる。 『こちらICS-S(セカンド)。フェンサーの搭乗を確認。これより起動準備に入り ます』 感情の色が見えない、落ち着いた男の声を聞きながら、衛人は機体に命が吹き込ま れた事の証明である振動を感じる。 「詩音、俺が、絶対に守ってやるからな」 まだ機体の外部スピーカーに繋がる前の衛人の声は、外に漏れる事は無かった。 「この!」 右の掌に空いた穴から生み出された複数の火球が、自身めがけて飛来する銀の凶弾 とぶつかり、空中でそれらを灰に変えていく。 「なかなかしぶといやつなのであーる」 両腕の肘から先を失った弾圧球人を操るネリームは、自機の身体を失いながらも、 余裕の態度を崩さない。 「いくら来ても、全部燃やすんだから!」 銀の攻撃を凌いだ焔竜機は、左の掌に空いた穴から長く伸びる炎の鞭を展開し、敵 の胴を焼き払うべく、水平に薙ぎ払う。 「そんなもの、無駄なのであーる」 銀の身体を上下に分離させ、炎の鞭を回避した弾圧球人は、何事も無かったかのよ うに身体を結合させる。 「この弾圧球人は分離・結合が自由自在。つまり、どんな攻撃も回避る事が出来るの であーる」 「絶対にやっつけてやる!」 力強い言葉と共に両掌を前に突き出し、機関銃のような勢いで大量の炎の弾丸を吐 き出す焔竜機の攻撃を前に全身を銀の球へと分離させる弾圧球人だが、多量の弾丸を 完全に回避する事はできず、再び人型に結合した銀の巨体は、全身の至る所が消失し、 自立さえも困難な状態へと変貌していた。 「やった!」 戦闘が始まってから初めて与えたダメージに、詩音の歓喜の声が響く。 だが、機体に深刻なダメージを負ったネリームから、余裕の笑いは消えない。 「喜ぶのは、まだ早いのであーる」 甲高いネリームの声と共に、銀の巨体が細かく震え、銀の機体が紅に染まる。 「紅き月の加護、見せてやるのであーる」 空を支配する異界の月と同じ色に染まった弾圧球人の機体が、時間を巻き戻すかの ように再生し、完全な姿を取り戻す。 「さて、そろそろ遊びは終わりにするのであーる」 機体の再生を終えるとともに銀の色を取り戻した弾圧球人は、先ほどと同じく、完 全に再生した両腕を前に突き出し、先端部を撃ち出す。 「そんなもの!」 単調な軌道で飛ぶ銀の弾丸を迎撃するべく、焔竜機は左手で炎の壁を作り、それら を瞬く間に焼失させる。 だが、 『側面です』 「え……きゃぁっ!」 ICSの声に反応するよりも早く、左右から強い衝撃を受けた詩音の口から漏れた 悲鳴に、ネリームの笑いが重なる。 「攻撃は前ばかりではないのであーる」 詩音が先端部の処理に気を取られている間に両腕の残りを分離させ、焔竜機の肩を 両腕で掴んだ弾圧球人は、肩を掴む両手に更なる込める。 「ぁ……ぅ……!」 掴まれているのは焔竜機の肩であるにも関わらず、まるで自分の肉体を傷付けられ ているかのような痛みに、詩音の口から声にならない悲鳴が零れる。 「所詮は白き月の民、やはりこのラ・ネリームの敵ではないのであーる」 肩を掴まれ、満足に動けない焔竜機を前に、下半身を切り離して宙に浮く弾圧球人 は、本体から切り離された下半身を無数の球体へと変化させる。 「これで、終わりであーる」 無数の銀の弾丸が防御の炎を出せない焔竜機に殺到し、深い赤の装甲に着弾する。 「きゃあああ!!」 全身を鈍器で殴打され続けるような衝撃の連続に、詩音は鋼の身を振り乱して逃れ ようとするが、断続的に襲いかかる痛みは抵抗の力を奪い、赤の巨人は巨大な的にな るしかなかった。 そして、弾丸の雨が止むと共に、肩から銀の両腕が離される。 機体の前面にくまなく弾丸の洗礼を浴び続けた機体が、肩を掴んでいた支えを失う 事で、ゆっくりと崩れ落ちる。 「むむ。跡形も残らないと思ったら、貫通すらしないとは。頑丈さだけは認めてやる のであーる」 全ての弾丸を元に戻し、人型へと戻った弾圧球人は、力無く地面に伏す焔竜機の脇 腹を蹴りあげて機体を仰向けにさせ、胸の中央に据えられた竜の頭部の下、下腹部に 近い箇所に巨大な足を振り下ろす。 「が……っ!」 ハンマーのように振り下ろされた銀の足が持ち上げられ、再び同じ箇所に落とされ る。 「ぶひゃひゃは! 白き月の民が我ら紅き月の民に歯向かう愚かさを、その身で思い 知るのであーる」 何度も執拗に焔竜機の腹部に足を落としながら、ネリームは嗜虐性の強い笑声を響 かせる。 「白とか……紅とか……そんなの、何も、分からない、けど」 意識を奪われそうな苦痛の連続に耐えながら、仰向けで銀の巨体を見上げる詩音は 途切れ途切れの言葉を紡ぐ。 「街や、人を壊して、まきちゃんの、お母さんを、奪う権利なんて、あるわけ無い!」 強い意志を乗せた言葉は、燃え盛る炎と、 「この銀デブ! 詩音から離れろ!」 怒りに満ちた、聞き慣れた声と共に放たれた。 「ぬぅ!?」 焔竜機の左手から伸びる炎の鞭が右脚に絡まり、バランスを崩した弾圧球人に、背 後から飛び出してきた、もう一つの機体が激突する。 「青い、狼……?」 「大丈夫か詩音」 よろめく弾圧球人を吹き飛ばしたのは、四本の脚で大地に立つ、深い青の装甲に包 まれた鋼の狼。 「それに、今の声、もしかして」 「ああ、俺だよ」 装甲に無数の傷を抱えながら何とか立ち上がる焔竜機を見上げる青の狼から聞こえ るのは、詩音にとって、失われたと思っていた声。 「衛人くん!」 「話は後だ詩音。二人であの銀デブをぶっ倒そうぜ。……『レボリューション』!」 衛人の言葉に反応し、青の狼がその姿を人型へと変える。 狼の頭部を胸の中央に配置した青の機体は、背に翼こそ無いものの、全体的なシル エットは焔竜機と似た部分が多く、お互いが兄弟機である事を主張している。 女騎士を思わせる頭部を有する焔竜機と違い、こちらは騎士というよりも、屈強な 侍を思わせる頭部を持っている事も、大きな違いであるといえる。 「この鋼騎、氷狼機(ひょうろうき)って言うんだけど、すげえよな。いきなり乗っ ても、何とか動かす事が出来るんだぜ」 『私がシステム面の管理をしております故に』 衛人の言葉に続く声は、ICSと同じく感情の見えない口調の男性のものであった。 『ICS-S。貴方も起動しましたか』 通信機を通じて聞こえる男性、ICS-Sの声に反応したのは、焔竜機のシステムを 管理する女性の声、ICS。 「イクス、私がピンチの時に何もしてくれないなんてひどいよ」 『申し訳ございません。敵機体の解析に集中していました。これから報告いたします』 謝罪の意が感じられない言葉を告げたICSは、自らのフェンサーを見捨てる形に してまで収集したデータを報告する。 『時間がありませんので率直に申し上げます。弾圧球人という名を持つと思われる敵 機の急所は頭部です』 淡々と原稿を読み上げるかのようなICSの言葉を聞く衛人の耳に、彼女の声とは 異なる、小さな電子音が響く。 『ICSからのデータ転送を確認しました。データを見る限り、かなり厄介な相手だ と判断できます』 『頭部以外、いえ、仮に頭部にダメージを与えたとしても、頭上に輝く赤い月から発 せられるエネルギーがダメージを修復してしまうため、撃破は困難だと、そう言わざ るを得ません』 「で、結局、どうすりゃ勝てるんだよ?」 『答えは明確です。弱点である頭部の破壊、それしか有り得ません。それも、月のエ ネルギーでは修復できないほどに完全に、です』 「んと、つまり、頭にすごく強い攻撃を当てればやっつけられる、って事かな?」 『そういう事です。そのために、私は合体を提案します。ICS-S、貴方の意見を』 『無論、意見が割れようはずもありません。形態は『焔星王(えんせいおう』が相 応しいかと』 『同感です』 「おい! 機械同士で勝手に話進めるなよ!」 「イクス、説明してよ」 両機に搭載されたシステム同士の通信で全てが決められた事に、二人のフェンサー はそれぞれ戸惑いと疑問の声をあげる。 だが、 「この弾圧球人が地に伏すなど、屈辱の極みであーる!」 怒りを露わに立ち上がった銀の巨体が繰り出す弾丸の前に、フェンサーの質問は中 断を余儀なくされる。 焔竜機は炎の壁を、氷狼機は氷の壁を展開し、自身を襲う銀の雨を防ぐ。 「衛人くん、どうして神氷掌が使えるの?」 「知らねえよ。手に力を込めたら、氷が出てくるんだ」 銀の雨を凌ぎ切った氷狼機は、焔竜機に先んじて一歩を踏み出し、竜のそれよりも 細くしなやかな脚部で大地を疾走する。 地を駆ける事を本分とする狼の特性は人型になっても引き継がれており、その速度 は焔竜機よりも速く、鋭い。 『説明は後で行いますゆえ、今は時間を稼いで下さい』 「よく分からないけど、わかった!」 地を駆けながら応える衛人は、右手に力を込め、その中に棒状の武器を形成する。 右腕を後ろに回し、野球のバットに似た形状を持つ氷の棒を背に回した氷狼機は、 野球のフルスイングの要領で腕を振り抜き、水平に銀の胴を薙ぎ払う。 「そんな攻撃、効かないと言ってるのであーる!」 上半身と下半身を分離させ、氷のバットが通る道を作った弾圧球人が反撃に転じよ うとした瞬間、 「やらせないんだから!」 氷狼機の後ろで宙を駆けていた焔竜機が掌から火球を撒き散らし、反撃の芽を摘み 取る。 「二人がかりとは、邪魔くさいのであーる!」 機体を紅に染め、傷を修復した弾圧巨人は、両腕を分離させて二機の前に展開させ え、敵との距離を一定に保つ。 『DDD、合体可能レベルに到達』 銀の異形を前に一歩も退かない戦いを繰り広げる二機のシステムから、同時に同じ 言葉が告げられる。 「合体って……合体、だよね?」 『焔竜機と氷狼機は単体でも高い戦闘能力を発揮しますが、二機を合体させる事によ り、より高いレベルの戦闘能力を得る事が出来ます』 離れた距離から迫る銀の弾丸を回避しながら問う詩音に対し、返って来たのは予想 通りの答えであった。 それと同時に、もう一つの疑問を抱いた詩音は、それを隠す事無く口に出す。 「もしかして、それも言葉を考えないといけない仕組み……だよね?」 『はい。まだ合体時のキーワードが未登録ですので、詩音様、もしくは衛人様に決め て頂く必要があります』 こちらも予想と変わりないICSの回答に、詩音の表情が一気に曇る。 「そんなの、こんな状況じゃ決められないよ!」 『キーワードの変更は可能ですので、難しく考える必要はありません。ご決断を。こ のままでは詩音様の身体と精神が限界を迎えてしまいます』 「……分かった。衛人くん、それでいいよね?」 「さっさとやっちまえ!」 ネリームの怒りを表すかのように数と勢いを増していく銀の弾丸を捌きながら、衛 人は声を張り上げる。 「それじゃ……『クロス・ユニオン』!」 『合体時のキーワードの登録を完了。合体モードに移行します』 合体のコードを受け付けた二機のシステムがモードの変更を宣言すると同時に、機 体のコントロールをフェンサーから自身へと切り替える。 『合体モードへの移行を確認。合体後の形態は焔星王とします』 全ての準備を終えた二機の鎧王機は、それぞれ自動で合体のための動作に移る。 空中に舞い上がった焔竜機の下で、地に立つ氷狼機は機体を分解させ、青の装甲へ と姿を変える。 焔竜機の深い赤の装甲に、氷狼機の青が加わる。 装甲を追加し、より大きく、力強く生まれ変わっていく焔竜機の背部に、鎧鏖鬼の 心臓部であるDDDを搭載した、氷狼機の頭部ユニットが組み込まれる。 そして、背に備えられた二枚の翼に、新たに炎の翼が生まれ、赤と青の装甲に二対 四枚の翼を持つ人型が誕生した。 『焔星王への合体を完了しました。DDD、フルドライブモードへ移行』 二機の鎧王機に代わり生み出された、新たな機体の名を告げるのは、焔竜機のシス テムを司る女性、ICSの声。 「すごい……ほんとに合体しちゃった」 各所に青の装甲が追加された事により、以前よりも高くなった視界の中、詩音は体 中を駆け巡る、凄まじい力を受け止める。 ともすれば世界全てを焼き尽くす事さえ出来そうな圧倒的な破壊の力が、両腕に宿 っている。 『詩音、聞こえるか』 「衛人くん!」 『この状態だと、俺は何も出来ないらしい。だから詩音、お前があの銀デブをぶっ飛 ばしてやれ!』 「うん!」 破壊の夜を引き裂く炎の翼を展開しながら宙を舞う焔星王は、右手から火球を生み 出す。 焔の星、太陽を模造したかのような、巨大な火球を。 「いけ!」 右手に生み出された小さな太陽は、狙い通り、眼下から焔星王を見上げる弾圧球人 に命中し、周辺の大地もろとも、銀の巨体の大部分を焼滅させる。 「な、なんという破壊力! これでは再生が追いつかないのであーる!」 弱点の頭部だけは辛うじて死守し、それ以外の部分を失った弾圧球人の身体が紅に 染まり、再び機体の再構築を始める。 だが、宙に浮く炎の化身は、それを見過ごそうとはしない。 「これで終わらせるよ!」 炎の軌跡を描きながら稲妻よりも鮮烈に地に舞い降りた焔星王は、再生を始めよう とする弾圧球人を前に、左手に意識を集中させる。 「これは何かの間違いなのであーる!!」 頭部を守る部位さえも残さず、修復が終わった部分から撃ち出していく弾圧球人だ が、それらの全てが、焔星王を包むように前方へと展開した炎の翼によって焼失する。 「私に、強い力を……!」 詩音は眼前の敵に決定的な一撃を与えるべく、機体にみなぎる力を左手に集中させ る。 高温の余りプラズマを発生させるまでに至った左手を広げた焔星王は、無防備な姿 を曝け出す、弾圧球人の頭部へと肉迫する。 「絶技、神炎掌!」 詩音が叫ぶのは、月守の家に伝わり、自身の身にも備わった異能の力。 二基のDDDによって増幅され、文字通り神の炎を宿した左手が、もはや守る力を 失った銀の頭部に叩きつけられる。 「紅き月の……」 ネリームが最期の言葉を言いきる前に、その頭上から降り注いだ超高温の一撃が、 周囲の大地と海の一部を蒸発させる。 その中心にいたネリームと弾圧球人は、もはや再生はおろか、その存在の痕跡さえ も残らない完全な無へと帰してしまった。 周囲の地形を変えてしまいそうな力を持つ神の一撃を放ち終えた焔星王から、急速 に力が失われていく。 『敵機の破壊を確認。お疲れ様でした。なお、DDDは限界領域を突破。強制休止状 態に移行します』 「やった……。あいつをやっつけたんだよ、私達!」 機体と同様に、自分の中から力が抜けていく事を感じながら、詩音は安堵の吐息を 大きく吐き出す。 「おい、見ろよ詩音! 空を見ろよ!」 力を抜き、精神の緊張を緩めていく詩音は、衛人の言葉に従い、視線を上へと向け る。 そこに広がっていたのは、 「赤い月が、消えていく」 ネリームの襲来と同時に現れた巨大な月が、彼の死により、消失していく。 そして、完全に赤い月が消え去った後に空を照らすのは、普段、自分達が慣れ親し む、鮮やかな満月。 「白き月の民……って言ってたっけ」 何事もなかったように地上を照らす満月を見上げる詩音は、ネリームが何度も口に していた言葉を思い返す。 「白き月の民と紅き月の民、か」 結局、ネリームが何者なのか、彼が何を目的としていたのか、詳しい事は何もわか らいまま、事態は収束した。 だが、紅き月の民と名乗る襲来者が彼だけで無い事は明白である。 これからの事を考えると、不安や疑問は尽きない。 「それは後で考れば……いい、かな」 緊張の糸が切れた事で、急速に沸き上がってくる睡魔の勢いに抗えないまま、詩音 は、焔星王とリンクしたまま、穏やかな寝息を立て始める。 「パパ、ママ、まきちゃん」 眠りに就く詩音の口から、静かな寝言が漏れる。 「私、少しだけ『勇者』になれたかな……?」 白い月に見守られた機体の中、詩音は穏やかな眠りを享受し続けた。 番外編(その3)